目標設定

佐久間智広

中期経営計画における目標、事業部の年次目標、部・課の予算目標、個人レベルの目標まで組織では様々なレベルで目標が設定されます。目標は多くの場合、部門や従業員の評価に使われるため、目標設定は経営陣と現場の駆け引きの場となり得ます。私の専門の管理会計の領域では、主に予算目標をめぐる諸問題が古くから研究されていますが、現在も主要な研究トピックの一つです。例えば、目標は誰が決めるのか(トップダウンかボトムアップか)、何を目標とするか(財務業績か非財務業績か)、目標設定の際の参照点として何を使うのか(過去の業績か同僚や競合他社の業績か)といったことが研究されてきています。この記事では目標の難易度について考えてみます。

目標設定理論によると目標は本人が達成可能だと考える範囲において、高ければ高いほど高い動機づけ効果が見込まれます (Locke and Latham 2002)。つまり「達成可能な範囲でなるべく高い」難易度の目標を設定することが、従業員の動機づけの観点からは望ましいということです。しかし、言葉で言うのは簡単ですが、実際に程よい(?)難易度の目標を設定するのは難しいです。

一般に、経営陣よりも現場の方が自身の担当する事業の見通しに関する情報や知識を持っています(情報の非対称性)。そのため、より精度の高い目標を設定するために、多くの企業は現場の情報を取り込むような形(ボトムアップの要素を持たせた形)で目標を設定します。しかし、現場はその情報優位を用いて目標が自身に有利なもの、つまり達成が容易なものとなるよう働きかけます。具体的には、予算の未達を避けるため収益は低めに抑えられるように、費用は多めに取れるように駆け引きをします。このような駆け引きは予算ゲームと呼ばれ、古くから研究されています。特に理想的な予算水準と駆け引きの結果策定される予算との差は予算スラックと呼ばれます(詳しくは、 伊藤 2013 など)。予算スラックが多分に含まれた目標は、理論上望ましい水準よりも容易な目標になるため、動機づけ効果としては望ましくないと考えられます。

逆にトップダウンで高すぎる目標を設定し、現場がそれを達成不可能だと受け取った場合、それはそれで動機づけ効果は低くなりますし、もっとひどいと不正など望ましくない行動を動機づけることがあります。例えば東芝の不適切会計問題では「チャレンジと呼ばれる過度に挑戦的な目標」(株式会社東芝第三者委員会 2015)が、ビッグモーターの保険金請求等の不正では「不合理な目標値設定」(株式会社ビッグモーター特別調査委員会 2023)が、そしてダイハツの検査不正では「過度にタイトで硬直的な開発スケジュール」(ダイハツ工業株式会社第三者委員会 2023)が不正を招いた原因の一つと指摘されています。普通にやっていては目標達成が不可能だ、だからと言って諦めるわけにもいかない、という時「不正をしてでも目標を達成しなければ」というように従業員を動機づけてしまうことがあるようです。

予算スラックによる動機づけ効果の低減というコストと、高すぎる目標によって従業員に不適切な行動を動機づけてしまうリスクを比較すると、ある程度のスラックを許容することが多くの企業にとって望ましいと判断するのかもしれません。また予算スラックには、環境の不確実性による業績のばらつきの影響を吸収する緩衝材の役目を果たしうるなど良い面もあるとされ、実際多くの企業が「達成可能な範囲でなるべく高い」水準よりも低い難易度で設定される傾向があるとの調査結果もあります(Merchant and Manzoni 1989)。

参考文献

Copyright © 2024, 佐久間智広

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