エフェクチュエーション

栗木契

エフェクチュエーション(effectuation)は、起業家研究から生まれたビジネスの新しい論理であり、近年研究者と実務家のあいだで注目度を高めています。

経営学や経済学でいう起業家には、個人で事業を起こす個人起業家とともに、企業などのなかで新規事業や組織変革などを推進する社内起業家も含まれます。これらの起業家が社会のなかで果たす役割には、科学技術上の知見を製品やサービスへと変換することで社会実装を進めたり、産業における不効率を解消したり、事業に成長をもたらしたり、人々の不自由を解消したりすることなどがあります。

エフェクチュエーション研究を主導してきたのは、バージニア大学教授のS. サラスバシーです。サラスバシーは起業の熟達者を対象に、架空ケースを用いたプロトコル・データを収集し、その分析を行いました。そして彼女は、熟達した起業家の行動の定式化を試み、エフェクチュエーションという論理を見いだします。

サラスバシーはその初期の研究のなかで、エフェクチュエーションの論理を、STPマーケティングとの対比のなかで提示しています。STPマーケティングのベースにあるのは、コーゼーション(causation)と彼女が呼ぶ、予測を踏まえた計画立案を重視する論理です。

コーゼーションとは、市場調査などを通じて徹底した情報の収集と検証を行い、予測と計画を練り上げてから実行に移るというビジネスの進め方であり、戦略計画、予測制御などのアプローチと発想を共有します。現代の経営学やマーケティング論の主流となっているのは、このコーゼーションの論理です。

ところが熟達した起業家は、コーゼーションから逸脱した行動をとりがちです。このことにサラスバシーは気づき、こうした起業家たちの行動を後述する5つの原則にまとめ、エフェクチュエーションと名づけるのです。

そしてサラスバシーは、このような行動を熟達した起業家が選択する理由として、F. ナイトがいう真の不確実性のもとにある場合は、エフェクチュエーションが合理的な行動となることを指摘します。真の不確実性のもとでは、予測を踏まえた計画の使用を減らし、局所的なコントロール(今できること)の活用に重点を置く方が、起業家的機会をつかみ、拡大する可能性が高まります。熟達した起業家が、起業家的機会は「発見されるもの」ではなく「つくり出されるもの」と受け止め、予測や計画よりも、行動することに傾きがちなことには、このような合理性があるのです。

市場創造のマーケティングなどにおいて真の不確実性の問題が重要となるのは、そこでは事象の生起の確率分布が、行動を進めるプロセスのなかで変化してしまう可能性が少なからずあるからです。マーケティングにおけるプレイヤー間の相互依存性は、市場をゲームの進行のなかでゲームのルールが書き換えられていく複雑な系とします。

このような系では、どれだけ大量のデータを集めて事前に検証を行っても、そのもとでの予測は、偶有的なひとつの可能性を示すものでしかありません。したがって人々のニーズや組織の目標を固定的なものとしては扱わないことが適切であり、環境のどのような要素に注目し、何を無視するかは、プロセスのなかで柔軟に見直していくべきです。

一方で、そこに生じている循環する関係のもとにあっても局所的なコントロールの可能性は残ります。この真の不確実性のもとに残された可能性から、発展的に起業家的機会を切り拓くことにつながる行動のあり方を、エフェクチュエーションはとらえているのです。

エフェクチュエーションが示す起業家のための行動原則は以下の5つです。

  1. 手中の鳥の原則
    自身がすでに有している知識やネットワークに活路を見いだせ。
  2. 許容可能な損失の原則
    どの程度の損失までなら耐えられるかを見すえ、投資は不用意に拡大するな。
  3. クレイジーキルトの原則
    あらかじめ定めた方針に拘泥せず、柔軟に見直せ。
  4. レモネードの原則
    レモン(失敗)をつかんだら、レモネードにせよ(転用せよ)。
  5. 飛行中のパイロットの原則
    自動運転には頼らず、窓の外とメータからは目を離さず、自らの力で生き残れ。
参考文献
  • 栗木契 (2015)「無限後退問題とエフェクチュエーション」『国民経済雑誌』第211巻第4号、pp.33-46
  • 栗木契 (2019)「経営学で語る”クラウドワークス”成長物語」プレジデントオンラインhttps://president.jp/articles/-/28453
  • S. サラスバシー(2015)『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』加護野忠男監訳、高瀬進・吉田満梨訳、碩学舎

Copyright © 2022, 栗木契

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