Stated Preference Data(選好意識データ)

三古展弘

私たちの周りにはデータが溢れています。研究や仕事でデータを直接扱う人にとって、データはとても身近だと思います。しかし、一般の人でも、テレビや新聞から様々なデータやそれを用いた分析結果に毎日のように接していることでしょう。

今回は、そのようなデータのうち、Stated Preference (SP)データを説明します。世の中のデータは大きくRevealed Preference (RP)データとStated Preference (SP)データの2つに分けることができるので、SPデータはこの対比で説明するのが分かりやすいと思います。ここでは、私の専門が交通行動分析なので、交通を例に取りますが、SPデータはマーケティングなどの分野でも、非常によく使われています。

まず、RPデータは実際の行動結果を観測したデータということができます。この例を図で示すと、下のようになります。自宅から勤務先まで2つの交通手段が利用可能で、1つは鉄道で所要時間は30分、費用は300円、もう1つは自動車で所要時間は40分、費用は200円です。このとき、実際にどの交通手段を選択したかをたずねたものがRPデータです。実際に行った行動結果を観測しているのが特徴です。

図:RPデータ(Sanko、 2001を改変)

これに対し、SPデータは、仮想的な状況下での選好意識をたずねるものです。この例を図で示すと、下のようになります。鉄道と自動車は上の例と同様に利用可能で、所要時間も費用も同じです。このとき、実際には導入されていないのですが、仮想的に路面電車が導入されて、その所要時間が25分、費用が300円であったとします。このとき、仮に路面電車が導入されたとしたら、どの交通手段を選ぶかをたずねたものがSPデータです。仮想的な交通行動を観測しているのが特徴です。

図:SPデータ(Sanko、 2001を改変)

2つのデータはそれぞれ「実際の行動」と「仮想的な行動」という大きな違いがあります。RPデータは実際に行われた行動であるため信頼性が高いといえるかもしれません。一方、SPデータは仮想的な行動をたずねただけですから、実際に路面電車が導入されたときに、本当に路面電車を使うのかは分かりません。

しかし、これはSPデータが無力というわけではありません。例えば、現存しないサービスに関するデータをRPで得ようとするのは不可能です。新規交通サービスの建設を判断するための分析は、必ずサービスの提供前に行わなければいけません。もし、このためのデータをRPから得ようとすると、路面電車の建設を判断する分析のために、路面電車を建設して調査するというおかしなことになります。また、SPでは様々な変数を容易に操作できます。例えば、鉄道の費用を2割引した場合の仮想的な行動を調査することもできます。同様に3割引、4割引など自由に設定できるので、1人から多くの回答を得ることができるのもSP調査の強みです。また、所要時間や費用などの範囲はRPデータでは非常に限られることがあります。例えば、神戸市バスの料金を考えてください。多くの場合、均一料金の210円のデータしか得られません。しかし、SP調査では、市バスの料金も自由に設定して、回答してもらうことが可能です。

交通以外の例も1つ紹介します。例えば、仮想的な性能と値段の組み合わせからなる様々なパソコンを消費者に示して、どれを購入したいかたずねることで、性能と値段のトレードオフ関係を知ることもできます。この関係を使って、新製品の値段をいくらに設定するとどのくらい売れるかを分析することもできます。

最後に、選好意識データについてもっと勉強したい読者のために、いくつかの参考文献を紹介します。

選好意識調査についての導入的な説明には、英語になりますがKroes and Sheldon (1988)があります。入手するのが難しい文献ですが、Pearmain et al. (1991)でも分かりやすく説明されています。より高度な内容に関しては、Louviere et al. (2000)に定評があります。

調査票の設計に関しては、私のMBA論文であるSanko (2001)で解説しています。これは、調査票の作成をしたことがない人が参照できる料理のレシピのようなSP調査の手引きを意図して研究したものです。この内容を学会発表用に簡略化したものが、Sanko et al. (2002)、さらに簡略化したものが三古ら(2002)です。以上の内容は、上で示したPearmain et al. (1991)を改定するために私がRAND Europeというシンクタンクでインターンシップをしたときの仕事です。私の研究成果を新しい章に加えて改訂したものがフランス語と英語で出版されることになっていて、フランス語版は既刊なのですが、英語版が出版されたという話は聞いていません。より発展的な内容は、交通やマーケティングの学術雑誌を見てください。

参考文献
  • Kroes, E. P., Sheldon, R. J., 1988. Stated preference methods: An introduction. Journal of Transport Economics and Policy 22 (1), 11-25.
  • Louviere, J. J., Hensher, D. A., Swait, J. D., 2000. Stated Choice Methods: Analysis and Application, Cambridge University Press, Cambridge.
  • Pearmain, D., Swanson, J., Kroes, E., Bradley, M., 1991. Stated Preference Techniques: A Guide to Practice, 2nd ed, Steer Davies Gleave and Hague Consulting Group, Richmond.
  • Sanko, N., 2001. Guidelines for Stated Preference Experiment Design, MBA Dissertation, Ecole Nationale des Ponts et Chaussées, Paris.
  • Sanko, N., Daly, A., Kroes, E., 2002. Best practice in SP design, Proceedings of European Transport Conference 2002 (CD-ROM).
  • 三古展弘,Andrew Daly,Eric Kroes,2002.SP調査設計のガイドライン.土木計画学研究・講演集,No. 26(CD-ROM).

Copyright © 2014, 三古展弘

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