ステイクホルダー

堀口真司

「企業活動の結果として何らかの影響を受けるもの」という意味を表すステイクホルダーという概念について、現在、さまざまに議論されています。例えば経営管理論の文脈では、多様化してきたステイクホルダーをいかに管理するべきかという観点から、効果的で効率的な管理の方法を巡って議論が展開されてきました(e.g., Freeman, 1984)。また、経営倫理論の文脈では、従業員の権利意識の高まりや、消費者保護団体や環境保護団体の運動の活発化を背景に、企業に対する社会的な責任を求める声が大きくなり、それらのステイクホルダーにどう対応していけばよいのかについて議論されています(e.g., Carroll,1996)。

企業活動の内容によって実際に影響を受けるものは異なりますが、ステイクホルダーという言葉が一般的に用いられる場合、そこでは株主や従業員、顧客やサプライヤー、また政府や非政府組織などの集団が想定されているようです。現在、ステイクホルダーという概念の中に含められる集団は多様化しており、それに応じて展開される議論も複雑になっていますが、このような状況を背景に、フリードマン=マイルズは、ステイクホルダーという概念を取り巻く理論と実践の網羅的な整理を試みています(Friedman and Miles,2006)。

フリードマン=マイルズは、さまざまな分野からステイクホルダーという概念の定義を記載している75本の文献を収集し、その分析の中で、これまでいかに多様な観点からその定義が行われてきたのかについて明らかにしています。例えば、経営学者フリーマンは、ステイクホルダーとは「企業の基本的な目的の達成に対して影響を与えうる、あるいはそれによって影響を受ける集団」(Freeman,1984,p.49)であると定義しており、この定義はその後の研究において頻繁に引用されることになり、その著書『戦略的管理―ステイクホルダー・アプローチ―』は、ステイクホルダー論の中でも古典的な地位を獲得しています。また、経営倫理学者のキャロル=ネシによれば、「企業のプロセス、活動、機能に対して影響を与える、またはそれによって影響を受けるすべての個人あるいは集団」(Carroll and Nasi,1997,p.46)がステイクホルダーとされています。

このように定義を並べてみると、その主旨はほとんど同じですが、フリーマンの定義では、企業の目的の達成に対して影響を与える集団に焦点が置かれているのに対して、キャロル=ネシの定義では、企業の活動の結果として何らかの影響を受けることになるあらゆる集団が想定されていると読み取ることができるでしょう。言い換えれば、フリーマンの定義は、ステイクホルダーを管理する経営者の視点から行われているのに対して、キャロル=ネシは、企業とステイクホルダーの関わりという社会全体を視野に入れた観点から定義されていると読み取ることができます。(しかしながら、これらの定義では、ステイクホルダーとしてあくまでも人間からなる集団が想定されているだけですが、その概念をさらに拡張し、企業活動の影響を受けるあらゆる自然環境までをもその中に積極的に組み込もうとしている者もいます。例えば、経営倫理学者スターリックは、ステイクホルダーを「企業の行動に対して影響を与える、あるいはそれによって影響を受けるすべての自然現象」(Starik,1994,p.92)と定義しており、そこでは主体としての人間を超えて、自然環境の変化という極めて広範な観点から企業活動が眺められていることがわかります。)

このように、ステイクホルダーを定義する観点が広がり、その概念が拡張されるに伴って、実際にその中で議論されるステイクホルダーが多様化し、その具体的な内容も複雑になってきたのです。フリードマン=マイルズによれば、ステイクホルダー論の中で一般に認められてきたものとしては、株主、顧客、サプライヤーと物流業者、従業員、地域住民が挙げられてきましたが、現在では、以下のようなさまざまな種類のステイクホルダーが想定されるようになっているようです。「労動組合、あるいはサプライヤーや物流業者からなる同業者団体の代表者」「NGOや、個々の活動家およびその代表者」「競争企業」「政府、規制機関、その他の政策設定機関」「株主以外の金融業者」「メディア」「一般大衆」「地球や人間以外の自然環境」「提携企業」「学者」「将来世代」「過去世代」「アーキタイプやミーム」(Friedman and Miles,2006,pp.13-14)。現在、ステイクホルダーはさまざまなメディアで見かける言葉となってきましたが、一度、それぞれの文脈においてどのような観点から用いられているのかについて、考えてみてはいかがでしょうか。

参考文献
  • Carroll, A. B. (1996), Business and Society: Ethics and Stakeholder Management, Cincinnati, South-Western College Publishing.
  • Carroll, A. B. and Nasi, J. (1997), “Understanding Stakeholder Thinking: Themes from a Finnish Conference”, Business Ethics, Vol.6, No.1, pp.46-51.
  • Freeman, R. E. (1984), Strategic Management: A Stakeholder Approach, Boston, Pitman.
  • Friedman, A. L. and Miles, S. (2006), Stakeholders: Theory and Practice, Oxford, Oxford University Press.
  • Starik, M. (1994), “Essay by Mark Starik”, Business and Society, Vol.33, No.1, pp.89-95.

Copyright © 2011, 堀口真司

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