空売りと空売り規制
鈴木健嗣
近年、金融危機の拡大を招いた原因や企業の効果的な資金調達(特に株式発行)を妨げる原因として空売りが注目され、空売り規制が国際的に大きな話題となっている。今回のビジネスキーワードは「空売りと空売り規制」についてみていこう。
空売りとは、株式を証券会社や貸株市場より借り入れて株を売却し、定まった期間内に借り入れた株式を市場などから買い入れて返却する投資手法のことである。株式を借り入れて市場で売却した時の株価より、買い入れるときの株価が低ければその差額が儲けとなる。いわば、株価が下落すればするほど、空売りを行う投資家が儲かる仕組みとなっている。日本では1951年に信用取引が導入されて以降、多くの投資家が空売りを行うようになった。空売りは大きく大別して、制度信用取引と一般信用取引に分けることができる。信用取引は、空売りの逆の空買いなども行うことができる。
制度信用取引とは上場銘柄のうち証券取引所が選定した銘柄を対象としている。制度信用取引を通じた空売りは、空売りを行う際に生じる貸株料(品貸料)や弁済期限などが一律に決められている。制度信用取引では、証券会社が必要な株式や資金が不足している場合、証券金融会社から調達することができる。このような証券会社と証券金融会社の取引を貸借取引という。すべての銘柄が、証券金融を通じて株式・資金を取引できるわけではなく、特定の基準のもとで貸借取引できる銘柄が選定されている。こうした銘柄を貸借銘柄(もしくは制度信用貸借銘柄)という。一方、制度信用のもと、証券会社が証券金融から株式を取引できないが、証券会社が自己勘定のもとで投資家へ株式の貸し出しを行うことができる銘柄を非貸借銘柄(もしくは信用銘柄)という。
一般信用取引とは、証券会社が独自もしくは貸株市場を利用して株式を調達し、投資家に株式を貸与するものである。制度信用取引とは異なり、品貸料や弁済期限などの取引条件が証券会社独自に決定することができる。
これらの空売りには、将来下落すると考える投資家の意見が市場に反映され、市場株価を調整する機能を有しているといわれるが、時として市場株価を不安定にしていると指摘されることもある。そのため日本や米国を始めとする多くの国々で空売りを制限する規制が存在する。日本では1998年に空売り規制が導入され、2001~2002年にかけて株価の下落が相次いだため、2002年に空売り規制が強化された。空売り規制には、明示義務、価格制限(アップ・ティック・ルール)、貸借料の義務化などがある。明示義務とは、投資家(特に機関投資家)が空売りを行う際に、その空売りが現物売りであるのか、それとも空売りであるのかを明示することを要求することで、自らの投資行動が白日の下にさらされることになる。アップ・ティック・ルールとは、直近の株価と同額では空売りを行うことができなくなり、直近の株価以下で空売りしなければならない規制である。これは空売りを行う投資家に対して、現在の株価とその後の株価を考慮したうえで指値注文をする必要があり、成り行き注文による取引を実質不可能にしている。そのため激しく値動きする銘柄ではその都度指値を変える必要があり、空売りがしにくくなる効果があるとされている。
米国では日本より60年ほど早い1938年に証券取引委員会(SEC)によって空売り規制が導入されている。その内容は前述したアップ・ティック・ルールや明示確認義務である。しかし、空売り規制が株式取引の流動性を損なっているとの批判が高まり、2004年に規制改正が行われた。この規制改正では、この当時急増していた借入証券の手当てがないまま行われるネイキッド・ショートセリングの債務不履行を抑止することを目的とした規制が新たに加えられた。一方、アップ・ティック・ルールのような価格制限においては規制緩和の流れが強まり、最終的に2007年6月には撤廃された。しかしながら、2008年7月にはサブプライム問題の顕在化により、規制緩和の流れは一変した。SECは株価急落に歯止めをかけるために、特定銘柄(金融株など)に対してネイキッド・ショートセリングを禁止した(金融安定化法によりこの規制は解除された)。さらに、機関投資家に対する空売り報告要求や債務不履行を起こした場合に、新たな空売りや空売りの受託を禁止するアンチ・フラウド・ルールが導入された。
空売り規制は、情報優位な投資家が自らの情報をもとに取引を行えば市場はより効率的になる一方、思惑的に株価下落を助長するように用いられれば市場は非効率となる。空売り規制は、すべての企業に対し一律に導入するのではなく、思惑的に利用されるような企業・状況に対して集中的に規制を行うことが望ましいだろう。
Copyright © 2011, 鈴木健嗣