オムニチャネルから見る消費者購買費用

田頭拓己

2000年代以降、オフライン(実店舗)に加え、オンライン(Eコマース:電子商取引、以下EC)やモバイル)を用いた小売環境が普及し、多くの小売企業がこれらの両チャネルを運営するようになった。その後2010年代には、オンラインとオフラインのチャネルを統合的に運営するオムニチャネル環境構築の重要性が学術的に強調されるようになった。オムニチャネルとは、実店舗、EC、モバイルなどの販売チャネルに関わらない一貫した小売ブランド形成をサポートするための、統合された購買プロセスと環境を表す。

日本の実務界においても、セブン-イレブン・ジャパンによるオムニ7、良品計画によるMuji Passport、ヨドバシカメラによるヨドバシ・ドット・コムといった大手企業の先駆的な取り組みを背景に、オムニチャネルという言葉が2010年代以降多くの関心を集めた。本稿を書いている2024年現在では、すでにオムニチャネルは当たり前になりつつある。例えば、ECで注文した製品の店舗受け取り(クリック&コレクト)、店舗からのモバイルオーダー(ショールーミング)、モバイルアプリを用いた店舗在庫確認と確保など、オムニチャネルの代表的施策である小売施策は我々の実生活でも観察できる。

オムニチャネルは、オフラインとオンライン両方の特徴を駆使しながら、消費者にとって便利な購買経験を提供する戦略と捉えることができる。ここで言う「便利」とは、消費者の購買費用(買い物に関わる手間など)が低くなるような状況を示す。消費者費用を考えると、オフラインチャネルとオンラインチャネルはどちらも利点と欠点をもっている。例えば、ECでの買い物において消費者は店頭へ移動する労力を払わなくても良いが、自宅への配送に対して金銭的費用を負担する必要がある。また、価格や製品のスペックと言った定量的な情報についてはオンラインの方が情報探索コストは低いが、製品の物理的特性(サイズ、材質、色、においなど)についてはオフラインで確認するほうが容易である。また製品を受け取るまでに時間がかかることもECの欠点であるが、このような受け取りにかかる待機時間はオフラインではかかりにくい。

クリック&コレクトにおいて消費者はオンラインで製品を調べ、購入と支払いを行い、自身で店舗を訪問することでその製品を受け取る。このプロセスにおける消費者の購買費用に着目すると、(定量的な)情報探索費用の削減や、より多くの品揃えを比較できるといったオンラインの利点を享受できる。また、EC利用の際にかかる配送費用の負担も削減できる。しかしながら、製品の物理的特性が確認できないことによる品質の不確実性や、製品の受け取りと持ち帰りのための移動といった費用は消費者自身が負担することになる。一方でショールーミングは、店頭にて製品を確認後、QRコードなどを読み込むことで通販サイトからその製品を購入し、自宅などへ配送することでその製品を受け取る。このプロセスでは、実店舗で製品の物理的特性を確認できるため、品質の不確実性を軽減できる。また、自宅へ製品を持ち帰る費用も削減できる。しかしながら、製品を確認するための店舗への移動や、EC利用による自宅への配送費用は消費者自身が被ることになる。

企業は、これらの特徴を理解、活用する形で戦略を決める必要がある。特に、オムニチャネル小売と呼ばれる施策が絶対的に優れたものであるというわけではなく、オンラインとオフラインの利点と欠点をそれぞれ別の形で持ち合わせていることを理解することが重要である。ある小売企業が家具や大型家電などの大きな製品を扱う場合、クリック&コレクトは消費者にとっては不便かもしれない。この施策は、持ち帰るための労力が低く済む製品タイプや、通勤や通学経路上となりうる都会にある店舗、ドライブスルー環境を整えた店舗において有効になるかもしれない。一方でショールーミングは、製品の物理的特性が重要になる製品や、持ち帰るために労力を要するような製品だと有効かもしれない。また消費者は、製品の受け取りまで時間がかかることも許容する必要があるため、即時的に必要な製品に対してショールーミングは利用されにくいかもしれない。このように、オムニチャネル化を考えている企業であれば、自社が扱う製品タイプや、着目するターゲット顧客層によって有効な手段は何かを考えることが大切だろう。

本稿では、2010年代以降注目を集めたオムニチャネル小売に着目した。具体的な施策そのものは経時的な変化によって、陳腐化または刷新されていくだろう。しかしながら、本稿で語ったような「新しい技術の利用とそれによる消費者購買費用の変化」という視点に基づくマーケティング戦略の評価方法については、今後も有効かもしれない。本稿が読者にとってマーケティング戦略の背後にある理屈に目を向けるきっかけになれば幸いである。

Copyright © 2024, 田頭拓己

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