産業遺産

平野恭平

「富岡製糸場と絹産業遺産群」や「明治日本の産業革命遺産」など、産業遺産と呼ばれるものが世界遺産に登録されました。世界遺産になることが必ずしもよいことであるとは思いませんが、報道などを通じて産業遺産の認知度が高まったことは嬉しいことです。この産業遺産とは、概ね幕末以降の近代化に関係した遺産であり、遺跡・遺構・遺物・景観などのことをいいます。日本には、上記の産業遺産の他にも、まだまだ数多くの産業遺産がみられます。神戸であれば、旧居留地のビル群や六甲山の観光施設群などがよく取り上げられます。無理に観光に結び付けるような商業主義に走ることには少々懸念もありますが、日本の近代化の歴史を物語る遺産として大切に保存し、次世代へと継承していくことは大切なことです。しかしながら、産業遺産の保存を考える上では、いくつかの問題もあります。

1つは、企業が産業遺産を所有している場合、その建物・遺構が取り壊され、土地の転用が図られたり売却されたりすることです。その歴史的な価値は、企業側も十分に承知しているはずですので、所有する企業が保存に熱心に取り組んでいるケースも少なくありません。しかしながら、実際の経済活動を考えると、限られた土地の有効利用を図ろうとすることは当然ですし、多くの費用をかけてまで保存することにも限界があるのもわかります。最近では、ユニチカ記念館(旧:尼崎紡績社屋)の保存問題が報道されました。学会が歴史的な価値を示して保存を訴えても、企業の責務や努力だけに任せるのは、流石に限界があるといえます。財政状況が芳しくない地方自治体も少なくないため、その援助や関与に期待することにも無理があるかもしれません。企業が所有しているが使用していない産業遺産をどのように保存するのか、その保存のあり方を産官学で考えていく必要があるように思います。

もう1つは、幸いにも保存され、学習や観光に広く利用されている産業遺産の存続の可能性です。世界遺産となった富岡製糸場は、登録が決まった後、来場者が大きく増えましたが、最近は新型コロナウイルスの影響もあると思いますが、著しく落ち込んでいるようです。歴史的な価値が広く認められ、多くの人たちに学習や観光で訪れてもらえることは大変喜ばしいことですが、一過性のブームに終わってしまえば、その維持費用を賄えるだけの収入を安定的に確保できなくなるという問題が生じてきます。もちろん産業遺産側も、色々なイベントを企画したり、マスコットキャラクターを作ってPRしたり、来場者を増やす努力はしていますが、所有・運営する母体に経済的に大きく依存する場合、企業の業績や地方自治体の財政が悪化した際、その存続が危ぶまれることになります。歴史的な価値に変わりはないといっても、数百年を経た建物・遺構に比べると、また認知度がまだまだ十分とはいえないため、歴史の浅い産業遺産の優先度が低くなる可能性がないとはいえません。保存と合わせて、いかに存続させていくのかという問題にも向き合う必要があるように思います。

このような産業遺産をめぐっては、例えばレンガ造りの重厚な外観を生かし、商業施設や宿泊施設として利用しながら保存していく動きは比較的よくみられるようになりました。また、最近では、クラウドファンディングによって産業遺産の保存・維持の資金を集める試みもみられるようになりました。一度取り壊してしまうと容易に取り戻すことはできないため、様々な取り組みによって保存と存続を図っていくことが大切ですが、すでに取り壊されて現存しない産業遺産を復元する試みにも興味深いものがあります。東京農工大学科学博物館は、富岡製糸場と同時期に設立された勧工寮葵町製糸場を、クラウドファンディングで資金を集め、同館に残された図面からCGで復元しました。このような取り組みも積極的に評価されてもよいように感じます。

歴史的な価値のある産業遺産が少しでも次世代へと継承されるように、皆さんにも産業遺産に関心をもっていただければと思います。

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