グローバル人材

西村幸宏

数年前に日本経済新聞社大阪本社が主催したグローバル人材をテーマとするセミナーに参加した。登壇者3人の話はそれぞれ興味深いものであったが、その中でも英語教材を提供する企業の社長の話がその時の日本企業の実態を表すものとして記憶に残っているので、読者の皆さんと共有したいと思う。

ある日、顧客の1社から相談の電話が入った。その企業は海外の企業を買収し、統合プロセスに入ったところ、買収先との部門間の協議で意志疎通に問題が発生し、なかなか統合プロセスが進捗しない。よって日本側のスタッフの専門分野での英語のコミュニケーション力をのばすための教材を作ってほしいとの依頼であった。

この話をサポートするものとして、2016年12月21日に『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』に掲載された記事がある。日本企業のM&Aのファイナンシャル・アドバイザリー事業を手がけるボストン・コンサルティング・グループ会長(当時)のハンスポール・バークナー氏が語った日本企業が外国企業買収で成功する条件についてのものだ。彼によると、日本企業が外国企業買収で失敗する理由として、2つの壁を挙げている。1つは言語の壁、そしてもう1つは文化の壁だ。1つ目は英語力、2つ目は異文化への理解、異文化コミュニケーション力のことだ。

2019年、文部科学省が日本人の海外留学生数が2017年度に10万人を突破したとの発表をしたが、その内訳をみると6か月未満の留学が85%近い。ここでは数の面だけが重視され、日本の留学生政策には戦略的視点が不足している点も指摘されている。国も大学も日本人の海外留学、海外からの留学生の受入れに積極的に取り組み国際交流を促進している一方、日本の企業には、国籍や人種などの人材の多様性が低く、M&Aで新たに加わる人材を上手く融合していけない事情があるようだ。

筆者は神戸大学に着任する前は、25年間のキャリアのすべてを欧米の銀行・証券会社で過ごした。最後の10年はフランス系の証券会社での勤務で、筆者のチームにはアメリカ人、フランス人、日本人、ベルギー人とタイ人の5か国の国籍で構成されていた。働く環境が多様性に富み、コミュニケーション手段は英語であった。会議が全員フランス人でフランス語で行われていても、日本人が入るとすぐに英語に切り替わる。この当時は「外資だから」の一言で済まされていたかもしれないが、果たして日本の企業経営者は外部の市場環境が刻々と変化している現在、この問題に対し真摯に向きあっているのだろうか? 外国企業買収後の統合が新たなスタート地点で、これが失敗すると何のための買収であったかという結果に陥ることになってしまう。

神戸大学経営学部では、2011年4月から「KIBERプログラム」という海外の提携大学に1年間交換留学する前に1年間準備するためのカリキュラムを実施している。その目的は、国際社会と文化を理解できるグローバルな社会環境で活躍できる経営人材を育成することにある。1年間の留学は、言語と文化の壁もそれなりに乗り越えるためのまたとない機会だ。このプログラムがスタートしてから既に130名を超えるKIBER卒業生を輩出している。

日本企業の外国企業買収で失敗する「2つの壁」でも紹介したが、「言語の壁」つまり英語力とは、専門分野だけでなく一般教養も含む領域で理解し、自分の言葉で考えを英語で発信し、コミュニケーションができる力だ。

筆者は2014年4月からこのプログラムを担当していて、現時点でMBA生から留学の相談を受けたケースはあるが、このプログラムを利用して海外留学をした実績はまだない。職場での色々なハードルが留学の大きな壁になっていると推察する。どのような方法で留学するにせよ、この壁を越えることがグローバル人材への一歩を踏み出すことになるのではないだろうか。そして言うまでもなく、企業による社内でのグローバル人材育成への積極的な取り組みが必要とされる。

参考資料
  1. DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー「日本企業が外国企業のM&Aで成功するために必要な要件 ―ボストン コンサルティング グループ会長ハンスポール・バークナー氏に聞く―」 2016年12月21日 ダイヤモンド社

  2. 文部科学省ホームページ「資料2 我が国の大学の競争力強化と国際展開について ―大学分科会・各部会等を踏まえた主な意見の整理―

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