サービスと技術仲介サービス

森村文一

今日は,技術的進化に伴ってこれまでに無かった製品を創ることに成功しても,すぐに模倣されてしまい,結果としてとても速いスピードでコモディティ化が進んでしまいます。コモディティ化が進む市場において,競争優位性を獲得するための1つの方向性として検討されるのが,サービスです。

関連知識:サービタイゼーション

伝統的なサービス・マーケティングでは,モノ(a good)と対比させて,サービス(a service)は人の行為や演技,努力であると定義されています(例えば,Rathmell, 1966)。そして,サービスは,1)実際には見たり触ったり手に持ったりすることができないという無形性(intangibility),2)生産と消費が同時に起こるという同時性(simultaneity),3)サービスの成果としての品質を標準化することが難しいという異質性(heterogeneity),そして4)貯蔵することができないという消滅性(perishability)という4つの特徴を持っています。

自社ブランドを選択してもらうために,サービスにフォーカスするという意思決定には賛成です。しかし,それによって困難な点に直面することになります。それは,サービス品質の標準化(service quality standardisation)と,サービスの個別化(service personalisation)という問題です。

サービスの特徴である同時性や異質性で見たように,結果としてサービス品質が高かったという評価を得るには,サービス提供者(以下,従業員)と顧客の両者が,サービスの共同生産者(co-producer)として相互作用的にサービス生産に貢献することが不可欠です。つまり,サービス品質の程度は,従業員の知識や能力だけでなく顧客のそれらによって影響を受けますし,従業員や顧客のそれぞれの文脈(context)にも影響を受けます。結果として,顧客接点ごとに品質がばらつくことになります。顧客接点ごとに品質がばらついてしまうと,顧客がサービスに対して知覚する信頼性(reliability)が下がり,顧客がまたそのブランドを選択しようと思う程度や,他の潜在顧客に勧めようと思う程度を低めてしまいます。

もう一つの問題は,個別化です。近年のマーケティング論では,企業は,顧客のニーズを理解してそれを満たすための製品やサービスを事前計画的に創ることが難しい,という視点で経営現象を見ています。これは,顧客が抱えるニーズは彼らの個別文脈に紐づいたものであり,言い換えると,品質の高いサービスだったか,ニーズが満たされたかという評価は,彼らの個別文脈に依存するからです。つまり,例え同じようにサービスを提供したとしても,必ずしも良い評価を得ることができないことを意味します。この視点では,いかに顧客の個別文脈に合わせて,サービス生産をするかということが求められます。

ただし,企業はこのような顧客の文脈に紐づいたニーズにアクセスすることが容易ではないため,顧客を資源とみなし,サービス生産にその資源をいかに統合するかということが重要になります。このような顧客に埋め込まれたニーズ情報を顧客から得るとともに,それを満たすためのサービスを生産し,常に高いサービス品質を達成するためには,従業員がその情報を得る能力,それをサービス設計に生かす能力,顧客が自分のニーズを正確に把握し従業員と共有する能力,出来上がろうとしているサービスが顧客自身のニーズとずれていると評価できる能力など,多くの資源が必要となります。

関連知識:情報の粘着性

このような問題は,例えば医療サービスやコンサルティングサービス,教育サービスのように,提供されるサービスが専門的になればなるほど,決定的なものになります。それは,サービス生産のために要求される知識や能力が高度で複雑なものであるため,相互作用を持つこと自体が難しくなることや,そのような資源の統合を図ることに多くのコストが必要になるからです。

近年,技術をサービス生産の土台とすることで,このような問題を解決しようとする動きが活発化しています。このようなサービスを,技術仲介サービス(IT-mediated service)と言います。技術仲介サービスは,例え物理的距離が離れていても即時的に情報が共有されるような,従業員と顧客の間の技術的インターフェースを介して提供されるサービスと定義されます(例えば,Froehle and Roth, 2004)。簡単に言うと,主に通信およびセンシング技術を用いて,例えば,サービスに関連したものも含め個々の顧客に関するリアルタイムの多様で大量のデータを収集し,そこから個別顧客の傾向やパターンを分析することで,個別のニーズを満たすサービスの生産にかかるコストをできるだけ下げようとするものなどが挙げられます(例えば,Schumann et al., 2012)。理解しやすい例だと,土木・建築現場で利用される建設機械に通信やセンシング技術を導入し,稼働情報,燃料情報,故障情報をモニタリングし,盗難防止,適切な保守サービスの提供,稼働率の上昇などを行うというものがあります。他の例だと,ウェアラブルデバイスを通して顧客の活動や簡単な生体に関する情報をモニタリングし,運動管理や健康管理を行うというものもあります。通信やセンサー類だけでなく,簡易的なAI自体の価格やそれを使用する価格も今後下がっていくと予想されますので,より多くの技術仲介サービスが登場するでしょう。

もちろん,技術仲介サービスを創る場合,別の問題に直面することになります。それは,顧客の採用に関する問題です。サービスが技術的になるため,その技術は有益かどうか/利益をもたらしてくれるかどうかという点を顧客が評価できなければ,そのサービスを利用しようとは思いません。また,従業員と顧客の双方が,サービス生産の中でどのような役割を担っているのかという理解や,技術を使いこなす能力も必要となります(例えば,Wünderlich et al., 2013)。このようなネガティブな側面を解消するために,インターフェースを含めたサービスデザインを考える必要が出てきますし,顧客と従業員の双方へのコミュニケーションのあり方も変える必要があります。

技術では,顧客の文脈に埋め込まれたニーズ情報を完全には入手することは出来ないでしょう。重要なことは,通信・センシング・分析技術で出来ることにも限界があるということを知ることです。その限界を乗り越えるためには,どのような伝統的な市場調査手法が必要なのかを考える必要があるでしょう。つまり,伝統的な市場調査手法で得られた文脈情報と,センシング技術等によって得られた情報・高度な分析技術によって得られた結論を,どのように組み合わされるべきかを考えることが求められるでしょう。

参考文献
  • Rathmell, J.M. (1966). What is meant by services?, Journal of Marketing, 30(October), 32-36.
  • Froehle, C.M. & Roth, A.V. (2004). New measurement scales for evaluating perceptions of the technology-mediated customer service experience. Journal of Operations Management, 22(1), 1-21.
  • Schumann, J. H., Wünderlich, N. V., & Wangenheim, F. (2012). Technology mediation in service delivery: A new typology and an agenda for managers and academics. Technovation, 32(2), 133–143.
  • Wünderlich, N. V., Wangenheim, F. v., & Bitner, M. J. (2013). High tech and high touch. Journal of Service Research, 16(1), 3–20.

Copyright © 2020, 森村文一

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