2023年度テーマプロジェクト発表会
2023年度の神戸大学大学院経営学研究科現代経営学専攻(MBA)テーマプロジェクト研究の最終報告会が、2024年1月6日(土曜)に開催されました。今年度のテーマプロジェクト研究は、梶原・服部という新体制での実施となりました。教員2人体制で11チームを不足や偏りなくマネジメントするために、今年は、(1)毎回のセッションにおいて、教員2人がおおよそ半分ずつのチームを「行脚」する指導形式、(2)中間報告に対するスプレッドシート上でのフィードバック、(3)セッション時間外でオンライン相談会などを導入してみました。学生さんたちの期待にどこまでそえていたのかわかりませんが、それなりに充実した指導/ディスカッションを行うことができたのではないかと思います。
最終報告会においては、名誉教授である加護野先生、次年度に演習を担当される上林先生、栗木先生、西谷先生、松尾先生に加えて、4名のシニアフェローの皆様(久保田さん、森岡さん、前田さん、前薗さん)を審査員にお迎えし、厳正な審査が行われました。ご参加いただきましたフェローの皆様には、改めて感謝申し上げます。
新型コロナウイルス感染拡大がひとまず収束したこともあり、今回は、多くの参加者がマスク無しに「従来通り」のスタイルで参加されていたことが印象的でした。当たり前のことを当たり前にやれた幸せ、といっても良いかもしれません。年始早々のタイミングであり、また朝早くの開始ではありましたが、8月のキックオフから4ヶ月以上をかけてきたプロジェクトの報告会ということで、会場にはピリッとした空気が漂っていたように思います。今年は、(審査員の評価の平均点ベースでいえば)一位のチームが他チームを少し離す形になり、続く2位と3位、さらに1つ下の4位あたりまでは「僅差」、という結果になりました。終了後に何名かの審査員から「全体として質の高い報告が多く、楽しく審査をすることができた」という声をかけていただきましたが、私たちもまた、同様の感想を持っております。
金賞 D&X
「越境による個人の学習は、なぜ組織に活かされないのか?」
金賞に輝いたのはD&Xの皆さんでした。チーム名は、Digital Transformationを意味するあの「DX」ではなく、多様なメンバーから構成されることを表すDiversityと革新や変革を意味するTransformationを組み合わせた造語、のようです。「越境による個人の学習は、なぜ組織に活かされないのか?」と題する同チームの研究は、近年人事領域で注目される越境学習が、単なる個人としての学びに留まること無く、グループ(組織)としての学びへと昇華するためには、どのような施策/行動が必要であるか、ということを問うたものでした。個人レベルの学習というミクロレベルの問題を、チーム(組織)としての学びというマクロレベルの問題にどう繋げるのかというのは、経営学の難問(アポリア)であり続けてきました。D&Xの皆さんは、この問題に、日本を代表する4社への丁寧なインタビューに基づき挑戦されたわけです。この問題に対する回答として、D&Xの皆さんが提示したのが、(1)信頼の蓄積、(2)境界の連結、(3)行動の一貫性、(4)行動を先行させることによる既成事実の発生という、4つのキーワードでした。これらを単に並列的に紹介するだけなく、4つがそれぞれ異なった担い手によって担保されるものであること、さらにはそれらが、越境学習プロセスの異なったフェーズで重要な意味を持つことにまで考察が及んだことで、端的に言えば、個人の学習→チームの学習のメカニズムが、実に立体的に、鮮やかに描き出されていました。研究者の我々としては、このチームの皆さんが、経営学の先行研究をしっかりと理解し、それを積極的に使おうとしておられたことにも注目しました。既存の理論や概念を使うこと自体はそれほど難しくないわけですが、それを自分たちの議論の中に間違いなく、無理なく落とし込み、論証上の重要な部分において使用し、さらには何らかのオリジナリティを出すのは、決して簡単なことではありません。その意味でも、D&Xの研究は、経営学研究のお手本と言えるように思います。
銀賞 LOVE♡ロボリューション
「サービスロボットは、サービス業をどう変えるか?」
銀賞を受賞したのは、LOVE♡ロボリューションの皆さんです。2001年頃に「ラブ・レボリューション」という曲が大流行しましたが、このチームの名称はこの曲名に、チームの主テーマである「サービスロボット」を重ね合わせたものになります。ロボット=人間の労働を奪うものではなく、うまく活用されさえすればそれらが、私たちの組織や職場にポジティブな何かをもたらしうるのではないかという、グループメンバーの問題意識であり仮説を反映している、と私たちは解釈しました。経営学におけるフロンティアトピックといえるこの問題に、LOVE♡ロボリューションの皆さんは、3社におけるケーススタディでもって挑みました。先行研究が少ない中で、問いの立て方も、ケースの分析も、非常に丁寧に行われていたように思いますし、「予想外の影響を積極的に取り込むという学習的なスタンスを保持しながら導入を図ることができれば、サービスロボットは、サービス品質向上や労働意欲の向上といったいくつかのポジティブな成果をもたらしうる」という結論も、極めて納得性の高いものでした。同時に、この問題にちゃんと向き合ってこなかったことを、研究者である私たちはもっと反省しなければならないなあ、とも思わされました。新しいだけでなく、重要で、しかも難しい問題に取り組んだみなさんに、心から敬意を表したいと思います。
銅賞 見義不為無勇也
「製造業の新規市場参入を成功に導く方程式」
銅賞は、見義不為無勇也の皆さんです。念のため書いておきますが、「ぎをみてせざるはゆうなきなり」と読みます。正義とは人が本来的に行うべきものであり、これを知りながらも実行しないとすれば、それは勇気がないからだ、という意味の漢文です。経営学研究科の関係者の方であれば、國部研究科長室にこの言葉が書かれた額が飾られていることをご存知かもしれません。見義不為無勇也の皆さんのテーマは、「製造業の新規市場参入を成功に導く方程式」というものです。当該企業にとっては新規参入となるが、全体でみれば既存市場といえる市場への参入は、大企業にとって一定の合理性を持っているのだが、実際にそれを実現することのできる企業は多くない。それはなぜか、ということを問うた研究になります。(ケースの発見それ自体のハードルが高い)4社のケーススタディを通じて、メンバーの皆さんが得たのは、参入のための自社技術開発から最終製品の開発に至るプロセスの中に、(1)先行製品を強く意識し、技術者モード全開で開発を行うべきフェーズと、一転、(2)そのモードを部分的に後退させ、顧客を強く意識するべきフェーズとがある、という重要な気づきでした。さらに、この(1)(2)に求められる能力/資質が質的に異なるものであり、従って1人の研究者の中で両立しがたいものであること、従って成功事例においては、2つのフェーズ間での分業が生じている、という発見は控えめにいってもワクワクするものでありました。一見するとニッチなテーマなのですが、よくよく考えてみると、イノベーション分野に大事な一石を投じる議論になっているのではないかと思います。
上記の3グループの研究が受賞に値するものであったことは、おそらく、会場にいた多くの方が認めるところであると思います。ただその一方で、3グループ以外に優れた研究が多々あったこともまた、事実であると思います。ある人がある観点から評価をすればあるグループが上位になり、違う人が違う観点から評価をすれば別のグループが上位になるというのが、評価の常だと思います。この点を、改めて強調しておきたいと思います。
さて、テーマプロジェクト研究キックオフの日に私たち(梶原・服部)は、研究において大事なのは、
- これまで分からなかったことがわかるようになること
- 「わからないこと」に、科学的な手続きでもって取り組むこと
- 自ら探求し「わかった」に至ること
の3点であるということ、そして、このうち(3)は(2)に依存し、(2)と(3)は(1)に依存する、というようなお話をしました。突き詰めていえば、(1)何がわからないのか、それは、ただわからないだけなく、わからなければいけないことなのか、ということをしっかり考えることが大事だ・・・ということです。上位の3チームがこの点において相対的に上位に来ることは言うまでもありませんが、同時に、この点で「完璧」なグループは1つもなかったように思います。次に皆さんが立ち向かう修士論文の中では、ぜひ「完璧」を目指していただきたいと思います。皆さんにはそれができるということを、8月からの4ヶ月を通じて私たちは確信しています。
本当にお疲れ様でした。
(文責:服部 泰宏)