2020年度テーマプロジェクト発表会

最初に、事例研究の意義について述べておきます。まず、先行研究で言われてきた仮説をリゴラスに「実証」するという目的に対しては、恣意的に選ばれた少数ケースを主観的に分析する事例研究では、大量データを用いた定量的研究に劣ります。むしろ、通説を覆す新たな仮説の「発見」を試みる時に、その強みが発揮されます。特に本講義では、仮説発見の過程で先行研究の助けを得つつも、実務家としての自分たちの直感や経験を信じ、活用するよう推奨しています。十年以上の実務経験がある彼らが、それでも驚きや感動を覚える実務と出会い、多面的に調べあげ、ついに一見非合理とも思えるような因果関係を見つけるということは、MBAならではの学びではないかと思います。そして、その実務を「もう一つの」「新しい」論理へと昇華させ、ロジカルにストーリーを組み立て、聴き手を共感させるように伝えられれば、テーマプロジェクト研究としては成功だと考えます。

ところで、教員がチームを最初から割り当てるケースプロジェクト研究とは違って、この科目では興味関心の近い学生たち同士が自主的にチームを編成することになります。しかしながら、今年度のMBAは新型コロナウイルスの影響で、4月よりオンライン講義が続いていました。果たして、チーム作りは上手く行くのだろうか、実際に顔を合わせていない学生が各々の興味や関心をぶつけ合って良いテーマを見つけられるのだろうかという不安が担当教員側にはありました。また、企業訪問が難しい状況ではzoomなどのオンラインツールを使ったインタビューが情報収集の主たる手段になりますが、アポは取られるのだろうか、インタビュイーから深い話を聞くことができるのだろうかなどとも心配していました。 実際、チームビルディングに苦労した学生もいましたし、なかなかインタビューのアポイントメントを取れなかったチームもありました。しかしながら、その一方で、平日でも自宅からのオンラインでのミーティングがしやすくなったようです。教員が各チームと個別の研究相談を受ける回数はこれまでで一番多く、そこに参加するチームメンバーの数も例年より明らかに増えていました。何より、これまでであれば遠すぎて訪問できないような企業や、忙しい有名経営者とのインタビューに成功したチームもありました。本年度の各チームの研究のクオリティは、私が担当したこれまでの3年間と比べても遜色無かったと感じました。

前置きが長くなりましたが、ここからは本題の最終発表会について紹介いたします。2021年1月9日土曜日、テーマプロジェクト研究の初のオンライン発表会が実施されました。11チームによるプレゼンテーション(20分)が行われ、その後に審査員が5点満点で評価し、理由やチームへの要望などをコメントするという形式です。例年であれば、審査員にシニアフェローの皆さんにも入っていただいていました。しかし、オンラインでの進行をスムーズに行うために、審査員は本学の6名の先生(加護野忠男特命教授、小川教授、藤原教授、梶原教授、松嶋教授、平野准教授)のみとしました。そのため、昨年までの発表会と比べると、良くも悪くも、学者の興味を掻き立てるケースが高い評価を受ける傾向があったようにも感じます。 なお、オンラインのメリットを活かし、シニアフェロー、フェローの方々も発表会にご招待して、発表を見学してもらえるようにしました。初の試みでしたが、当日はたくさんの方がご参加くださいました。これは現役学生にとって刺激になるだけでなく、シニアフェローやフェローからも卒業後の学びなおしの機会になったという感想をいただきました。このようなコロナ禍で、結果的に、神戸大学MBAで学ぶ人たちの世代を超えて縦につなげられたことは授業担当者としてとても嬉しく思います。

チーム名、発表タイトル、主なケース対象企業は発表順に以下のとおりです。

  • スカーレット
    「OEMで下剋上!:家電業界における戦略的なOEM事業の活用事例」
    千石
  • みかん酒ロック
    「企業によるSDGsを用いた価値創出の研究:営業最前線の活用事例」
    DyDo
  • 秋山塾
    「従業員エンゲージメント:理念浸透は必須か」
    前田建設
  • ONEチーム
    「『NOTE』癒えるNIPPON:地域に広がり続けるビジネススキームとは」
    NOTE
  • 5.チームZAZAZA
    「地方豪族企業:地方衰退時代の挑戦者」
    両備ホールディングス
  • Team F-2
    「企業と顧客の新しい関係性の構築:アンバサダー活用による価値共創」
    ワークマン、Sansan
  • チーム”屋上オムライス”
    「経済コミュニティを通じた改革のマネジメント:“組織変革”から“産業変革”への取り組み」
    今治タオル、ワールドファーム
  • カラアゲニスト
    「新規事業を生み出す組織の研究:資源動員の獲得に着目して」
    セイバン 日本盛 モルテン
  • チーム3倍速
    「自前主義からの卒業:協業会社との心ときめく関係構築」
    マキタ 福井製作所
  • Team神泡。
    「中小企業における『新たな事業展開』の在り方」
    由紀精密
  • ダウンタウンダウン
    「BCMの理想と現実:脱・絵に描いた餅」
    今野製作所 パソナグループ

ここでは、上位3チームの研究について紹介します。

◆金賞 みかん酒ロック「企業によるSDGsを用いた価値創出の研究:
営業最前線の活用事例」

本研究は、6名中2人の先生が5点をつけるなど、最も高い評価を受けました。プレゼンテーションの冒頭で「今日、多くの企業が注目し、取り組んでいる企業が称賛を浴びるSDGsが、実際には本社主導で現場には浸透していなかったり、新たなビジネスの創造に繋がっていないのではないのか?」という素朴な疑問が提起されます。私自身も、SDGsに対して理念ばかり先行しているというイメージを持つ人間なので、この疑問には共感しました。そこから翻って、リサーチクエスチョンは「SDGsを現場に取り込み、社会課題の解決を行い、さらに顧客獲得にまでつなげている企業があるのならば、それはどのようにおこなわれているのだろうか?」「他社ができないそれをなぜ一部の企業はできているのだろうか?」というものでした。

DyDo西日本第一営業部の、漁協での自販機設置に関する「バカな!」と思える取り組みなどを紹介した後、そのロジックを読み解きました。オーディエンスに「なるほど!」と感じさせられた発表だと言えます。SDGsの通説に一石を投じることができたという点で、事例研究の役割は十分に果たしました。日頃、私も事例研究をよく行いますが、あらためて、刺身で食えるような鮮度の高い事例を見つけることの重要さを感じました。ただし、審査員から、長期的で全社的な取り組みとして論じなければSDGsに対して、彼らが挙げた事例がやや短期的かつ現場だけのローカルな活動に留まっているのではないかというコメントがあったことを、付け加えておきたいと思います。

◇銀賞 スカーレット「OEMで下剋上!:家電業界における戦略的なOEM事業の活用事例」

銀賞は2チームです。両チームともに5点は無かったものの、4点と3点が3人ずつでした。これが何を意味するのか難しいですが、意義ある研究であったことは間違いないと思います。

スカーレットは、中間発表で最下位ながら、本番では見事に下剋上を果たしました。彼らは、12月下旬まで他の産業を取り上げていました。停滞から抜け出すため、チーム内でも葛藤はあったようですが、そこまで準備していたものを捨て、自分たちが本当に面白いテーマを選びました。
彼らは、とかく大企業に便利使いされるOEMの受託側メーカーに未来は無いのか、ということに関心を持ちます。選んだ事例は、千石のアラジントースターです。同社はかつて、大手電機メーカーのトースターのOEMをやっていました。大手メーカーは、付加価値が低いということでトースター事業を切り離しました。千石はそのトースター事業に、OEM時代に蓄積した独自技術で挑み、高級トースターの自社開発に成功します。また、長くこの業界にいた経験を生かしたマーケティングも絶妙でした。同社は成功していたものの、大企業から見ると市場規模が小さく、参入するメリットがありません。結果的には、大手との競争を回避できます。まさしくOEMを経験した強みを生かした事例はユニークです。OEMについての新しい仮説の発見が行われたと言えるでしょう。ただし、本研究に対して、審査員から、この一例でOEMの将来の可能性があるというのは論理の飛躍ではないか、OEMで成功した企業と失敗した企業の差は何か、などのコメントがありました。

◇銀賞 ONEチーム「『NOTE』癒えるNIPPON:地域に広がり続けるビジネススキームとは」

もう一つの銀賞チームは、地方創生を扱いました。地方創生は多くの場合、行政が主体で、補助金などが複雑に絡み合います。経営学的な面白みや切れ味鋭い事例からの爽快感を見出しにくいテーマです。中間報告会では論点がぼやけ、9位に沈んでいました。
NOTEは地方に残る歴史的建築物をホテルなどに転用し、付加価値を高めるビジネスモデルで、決して有名観光地ではない篠山地区で成功を収めました。施設所有者、地域、行政、金融機関などの巻き込みには、同社の藤原社長の類まれなるリーダーシップが鍵となっています。藤原社長にインスパイアされたせいなのか、このチームはテーマプロジェクト研究に対するメンバーの熱量が高かったように思います。
事例研究では、往々にして「この事例の何が面白いのか」という点に関して、研究者が自信を失い、迷走が始まります。本チームはメンバー一人ひとりが、NOTEの魅力についてのミニプレゼン大会を開いたと聞いています。本番の発表は、オーディエンスにとっては、必ずしもスッキリ理解しやすいものではありませんでした。それでも、チームメンバーの熱意が審査員に伝わって高得点になったのかも知れません。さらに特筆すべき点として、オブザーバー参加をしてくださったシニアフェローの方と、事後的に熱心にメール交換し、自分たちの研究の弱点がどこにあったのかについて深い内省を行っていました。

以上、上位3チームの研究内容を紹介しました。受賞チームの皆さん、おめでとうございました。 ところで、今回は、1点差で4位チームが4つと大接戦でした。言い換えると、一人の審査員が3点にしようか、4点にしようかと迷ってどちらを選ぶかだけで順位が変わっていたということです。それ以外の発表の中にも、チーム神泡。やダウンタウンダウンなど、個人的にはとても面白く、学びをもらえる研究がありました。

最後に、私がこのコースに対して考えていることを、ここに書き記しておきたいと思います。
発表会でルールに基づいて点数で競い合うことに意義はあります。しかし、それはすべてではありません。というより、それはほんの一部で、そこだけを追いかけてしまうと、大事なことが見えなくなります。
そもそも、学生たちにとって驚いたり面白いと感じることと、アカデミシャンの面白みや驚きとは違っていて当然です。アカデミシャンが、世界レベルで見ても突出して優れた事例なのか、十分なエビデンスと言えるのか、結論は一般化できるのか、先行研究とはどこが違うのかに関心を持つのは当然です。その一方で、日々モヤモヤした解けない実務の中にいる学生にとって、たとえそれがGAFAやファーストリテイリングのような超一流企業の最先端の実務でなかったとしても、調査を通じて目から鱗が落ちたり、何か心が震えたりしたのであれば価値があります。彼らが感動したのであれば、世の中の多くの実務家たちも同じように感動してくれる可能性は高いと思います。私であれば、審査員の研究者の方を向いて研究発表を組み立てるより、自分たちの感動を多少プリミティブな形であっても鮮度高く伝え、共感してもらうことに意義があると考えるでしょう。なので、仮に順位が低かったとしても、自分たちが納得したのであれば、順位は気にする必要は無いと思います。また、審査員からの批判的なコメントを盲目的に受け入れる必要もありません。
ただし、傲慢になると、せっかくの学びの機会を逸します。あの発表会の場で、経営学研究の修羅場を潜り抜け、ずっと先頭を走ってきた審査員たちが、学生たちに何かを伝えたいと思って発した言葉については、まずは心に留め、真意を理解できるまで徹底的に考えて欲しいと思います。と言うのも、自分たちの研究の経験および審査員のコメントの両方から、未来の自分へのギフトを探り当て、取り込むことこそが大事だからです。発表会の後に、学生たちに内省レポートの提出を課しているのも、まだ記憶が残って、気持ちが熱い間にそのギフトの取り込み作業をやって欲しいからに他なりません。

(文責:経営学研究科教授 三矢裕 テーマプロジェクト研究担当)