損益計算書上の報告利益と実質利益

音川 和久

米国証券取引委員会(SEC)は2001年12月4日、一般に認められた会計原則(GAAP)に準拠した損益計算書の報告利益から、金額的には重要であるが将来の企業業績には影響を及ぼさない(と想定される)収益・費用項目などを省略した見積財務情報(pro forma financial information)を公表することに対して上場会社に警告を発するとともに、当該情報の潜在的な危険性について投資家への注意喚起を行った。たとえば、大規模な人員削減や資産リストラの結果として巨額の特別損失を計上し一時的な赤字に転落しているが、こうしたリストラ費用を除けば実質利益は黒字であることを示す資料を作成し、それらを決算発表において殊更に強調する事例が過去において散見されてきた。そして、来年1月以降の年次決算発表シーズンを控え、そのような事例が今年9月の同時多発テロ事件とそれ以降の景気低迷に関連して続発する可能性が高いことを踏まえて講じられたのが、今回の措置である(日本経済新聞2001年12月6日)。

ところで、企業の経済活動は実に多岐にわたるから、その結果を要約した損益計算書の報告利益(当期純利益)には多様な構成要素が含まれている。たとえば、生産・販売活動に関連する営業損益、資金調達・運用などの財務活動に関連する営業外損益は、毎期反復的に生じることが期待されるのに対し、リストラクチャリング、資産売却や事業の廃止に伴って生じる特別損益は当期純利益に重大な影響を及ぼすが、それらは当期限定の一時的なものであることが多い。さらに、同じ営業損益でも、短期的な需要変動が大きい事業から稼得されたものとそうでないものでは、その反復可能性に有意な差異がある。

会計学における数多くの先行研究は、損益計算書上の報告利益額が株式市場の事前の予想を上回った場合に、その企業の株価が上昇することを例証している。しかし、Collins and Kothari[1989]などの研究によれば、そのような傾向は企業間で一様ではなく、業績の好調さが長期間にわたって継続するという意味において利益の持続性(persistence)が高い企業ほど、株価の上昇がよりいっそう顕著になることを示している。また、薄井[1999]などの研究は、赤字企業における株価と利益のプラスの関係は黒字企業ほど強力でないことを報告している。これは、継続企業(going concern)を前提にすれば、損益計算書の当期損失額というものは一時的な要素が強いために、株価との関係が希薄化しているものと解釈される。このように、株式市場は、利益の持続性をその価格形成に反映させているものと考えられる。

もしそうだとすれば、巨額な一時的損益を取り除いた実質ベースの利益数字を提供することは投資家の意思決定に資することになるのではないだろうか?それにもかかわらず、なぜSECは警告を発したのであろうか?

その背景を理解するには、損益計算書の報告利益そのものが実質利益なのか、それとも一部の収益・費用を取り除いたものが実質利益なのかを最終的に判断するのは投資家自身であること、したがって企業の果たすべき責務はその判断に必要な情報を包括的に提供することであるという財務報告制度の基本的な見解を踏まえることが肝要であろう。別の表現をすれば、投資家などの財務諸表利用者には、損益計算書の報告利益を構成する各要素の持続性について検討することが期待されているのである。

参考文献
  1. Collins, D. W. and S. P. Kothari, “An Analysis of Intertemporal and Cross-sectional Determinants of Earnings Response Coefficients,” Journal of Accounting and Economics, Vol. 11, No. 2-3(1989), pp. 143-181.
  2. 薄井彰「クリーンサープラス会計と企業の市場評価モデル」会計, 第155巻 第3号(1999年), 68-83頁。

Copyright©, 2003音川和久
この「ビジネス・キーワード」は2001年12月配信の「メールジャーナル」に掲載されたものです。

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