人的資源管理(Human resource management)

上林 憲雄

経営資源は一般にヒト・モノ・カネ・情報の4つの要素からなるといわれるが、人的資源管理とは、このうちの「ヒト」に関する企業の管理活動を指している。この「ヒト」に関する企業の管理活動は、従来から長らくの間「労務管理」や「人事管理」といった名称が使われてきた。神戸大学経営学部においても、この領域に関する学部学生向きの授業科目の名称は長らく「経営労務論」であった。他の諸大学においても、この領域に関する授業科目の名称は「労務管理論」や「人事管理論」、「人事労務管理論」などがほとんどであった。しかし、これらの授業科目の名称は、とりわけ1990年台半ば以降、この「人的資源管理」という名称に次第に取って代わられることが多くなっている。神戸大学でも、大学院重点化と期を同じくして、この領域の大学院生向き授業科目の名称としてこの「人的資源管理」が初めて登場することとなった。

従来の「労務管理」という名称は「人事管理」と同義で使用されることが多かったが、敢えてその両者を区別する場合には、工場を中心としたブルー・カラー労働者を対象とした企業の管理活動を狭義の労務管理と呼んでいた。ホワイト・カラーを対象とした管理は人事管理と呼ばれたため、ブルー・カラーとホワイト・カラー双方を対象とした管理は総称して「人事労務管理」と呼ばれてきた。しかし、当初から英語では両者ともpersonnel managementという用語で統一されており、この両者の区分は諸外国では理解されにくいという事情があった。また、とりわけ1980年代後半以降急速に発達したME(マイクロエレクトロニクス)技術や情報技術(IT)の作業現場への導入に伴い、ブルー・カラーが「テクニシャン」化してゆくにつれて、ブルー・カラーとホワイト・カラーの境界が曖昧となり、この両者を敢えて区分することの意義が薄れてきつつあった。このような状況の折に、アメリカ合衆国においてとりわけ経営資源としてのヒトの重要性を強調してhuman resource managementなるという用語が使用されたのを契機に、それがヨーロッパや日本にも伝わっていった。

この英語が「人的資源管理」という日本語に翻訳されて使われるようになった当初は非常に長々しく冗長な呼称に聞こえたものであるが、ここ1-2年の間に、少なくともアカデミックな世界ではこの「人的資源管理」という呼称はすっかり市民権を得たものとなっている。ちなみに、「日本労務学会」の英語表記も、従来は “Japan Society for Personnel and Labor Research” という極めてわかりにくい呼称であったのが、外国人研究者にも理解してもらえるようにとの理由から、2年前に“Japan Society for Human Resource Management”という表記に改められている。

日本語で「資源」ということばは別段ポジティブな意味合いを持って使用されることは少ないが、英語でたとえば“resource person”というと、キーとなる重要な人物というニュアンスをもつことからもうかがえるように、“resource”という英単語は非常にポジティブなコンテキストにおいて使われることが多い。このように、人的資源管理という用語は、ヒト=企業にとってのコスト要因として見るのではなく、ヒトの持ち合わせている諸能力をプラス思考でポジティブにとらえ、それを積極的に経営戦略に活用してゆこうとするマネジメント・スタイルを含意しているといってよい。

ところで、企業を構成する4つの要素のうち、「ヒト」は企業活動のもっとも基本的かつ重要な構成要素であると考えることができる。なぜなら、他の3要素(モノ・カネ・情報)は、ヒトによって動かされて初めてその役割を果たすに過ぎないからである。またヒトは、モノ・カネ・情報とは違い、生来的に感情を持ち思考をする主体であるため、企業のなかでも行動の自由を求める主体として捕捉される。企業の経営者としては、このように行動の自由を求めるヒトを、自企業にとって有効に作用させるために組織に統合(integrate)し、調整(co-ordinate)しなくてはならない。

このように、管理する対象が生身の人間であり、自由を欲する存在であるという点において、人的資源管理は生産管理、財務管理、情報管理といった企業の他の管理諸活動とは違った意味合いを有しているといえる。まさにこの点こそが「人的資源管理」特有のおもしろさであり、かつ難しさでもあると筆者は考えるのであるが、このコラムを読まれるトップ・マネジメントの皆様はどのようなお考えをお持ちであろうか?

Copyright©, 2003上林憲雄
この「ビジネス・キーワード」は2000年10月配信の「メールジャーナル」に掲載されたものです。

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