市場の質

出井 文男

製品について質というものがどれだけ大切であるかは言うに及ばないことですが、市場にも質があり、市場の質が製品の質と同様に重要なことがらであるという認識は一般には薄いものです。では、市場の質とは何でしょう。このことは、市場にも良い市場と悪い市場があるということから出発すると分かりやすくなります。「良い市場とはどんな市場ですか」と聞かれれば、「良い品物が安く買える市場が良い市場です」と答える人は多いでしょう。消費者の立場に立てば、これ以上の正しい答えはないかもしれません。ボラレたり、粗悪品を売りつけられたりする市場が良い市場であるはずがありません。

市場には情報伝達機能があります。市場では、製品の価格、製品の内容、技術や選好が情報として伝達されます。商品の欠陥を隠したり、顧客が冷静に判断できないようなムードを作ったり、うその情報を与えて販売することで、短期的に利益をあげることはできます。しかし、このような販売方法が市場の情報伝達機能を損ない、市場の質を劣化させることは明らかです。

江戸時代に高島屋の初代新七は次のような店是を定めました。

一.確実なる品を廉価にて販売し、自他の利益を図るべし。
二.正札掛値なし。
三.商品の良否は、明らかに之を顧客に告げ、一点の虚偽あるべからず。
四.顧客の待遇を平等にし、苟くも貧富貴賎に依りて差等を附すべからず。

このような営業方針が立てられたのは、顧客が安心して商品を買える場を生み出すことで、長期的により大きな利益が確保できたからでしょう。このような長期的な情報開示は、市場の質を改善する力となります。

先に、買い手にとって良い市場とは何かを考えましたが、売り手にとっては、「良い品物がより高く売れるのが良い市場だ」ということになります。足元を見られて買いたたかれる市場は売り手にとって望ましくありません。粗悪品であるか上等な品であるかに関係なく、何でも売れてしまう市場も売り手にとって短期的には得なように見えますが、長期的には得になりません。

市場では、技術革新や新製品の開発が起こり、それらの中から消費者は一番望ましいものを選別します。このことが市場自体を高度に発展させていきます。この高度化機能が十分に発揮できるためには、高い品質の製品を求める洗練された好みをもつ消費者が存在しなければなりません。

第2次大戦前には国際的に有名だった東欧のクリスタル・ガラスは、ソ連経済への統合により国際競争力を大きく落としました。ソ連市場では品質に関わりなく、どんなものでも売れてしまったからだ、と言われています。

このことから、消費者の質の高さも市場の質を決める重要な要因であると言えます。

Copyright©, 2003 出井文男
この「ビジネス・キーワード」は2000年5月配信の「メールジャーナル」に掲載されたものです。

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