高頻度取引

音川和久

情報技術の目覚ましい発達は、投資家による株式売買のスタイルに大きな変化をもたらしている。その顕著な例が、高頻度取引(High Frequency Trade: HFT)である。高頻度取引とは、コンピュータで株価などの情報を解析し、あらかじめ設定されたプログラムに基づき、ミリ秒(1/1000秒)単位またはそれ以下の高速で株式売買を自動的に繰り返す取引手法のことである。東京証券取引所では、2010年1月に、売買注文の処理速度を飛躍的に向上させた新しい株式売買のシステムであるアローヘッドが稼働して以来、発注装置を東証のシステムのすぐ隣に設置するコロケーションという高速売買専用のサービスを経由した売買注文が増加し、いまや全体の約5割を占めるまで拡大している(日本経済新聞2015年10月14日)。

情報技術の発展はまた、投資家を取り巻く情報環境にも大きな変化をもたらしている。会計情報の入手は、従来の紙媒体ではなくインターネットを通じて行われるのが一般的になり、投資家の手元に届くスピードも従来に比べて格段に速くなっている。たとえば、上場会社が行う決算発表の情報は、東京証券取引所が運営する適時開示情報伝達システム(Timely Disclosure network: TDnet)などのサービスを利用して、リアルタイムで入手することができる。

株式売買における高頻度取引やインターネットによる企業情報の開示が普及する中で、私は、森脇敏雄氏(神戸大学大学院生)の協力を得て、東京証券取引所に上場する会社が取引時間中に発表した年次決算短信の開示時刻を特定し、その周辺の株価や出来高の動向を調査することにした。我々の共同研究は現在進行中であるが、ここでは、その一端を紹介したい。

図1は、東京証券取引所に上場する会社(銀行・証券・保険を除く)が2009年1月から2009年12月までの間に年次決算短信を取引時間中に開示した延べ339件のケースをサンプルとして、年次決算短信の開示時刻(分次ゼロ)の15分前(分次?15)から15分後(分次+15)までの31分間における出来高(売買株数)を1分間隔で集計したものである。その際、企業規模や売買単位の違いを捨象しクロスセクションでの比較が可能となるように、約定された売買株数を発行済株式数で基準化した。また、銘柄間で異なる株式売買の活発さをコントロールするため、約1ヶ月前に相当する20取引日前の同一取引時間帯の出来高を控除した。したがって、出来高変数のプラス(マイナス)の値は、年次決算短信が開示された時点の出来高がその他の期間に比べて相対的に増加(減少)していることを意味する。

図1によれば、年次決算短信が開示された時刻(分次ゼロ)の出来高は大きなプラスの値である。さらに、その1分後から15分後までの出来高は、分次ゼロよりも程度こそ小さくなるものの首尾一貫してプラスである。したがって、上場会社が年次決算短信を開示した直後から株式の売買が活発になり、それが少なくとも15分間にわたり持続していることがわかる。一方、年次決算短信が開示される直前の出来高はゼロに近く、株式売買の水準は20取引日前の同一取引時間帯とほぼ同じであり、年次決算短信開示直後の活発な株式売買とは対照的である。

企業経営者によって作成された財務諸表が投資家の意思決定に有用な情報を提供しているかどうかを明らかにするため、会計情報の開示に対する株価や出来高の反応を1週間や1日といった時間単位で分析した財務会計の研究がこれまでに蓄積されている。しかし、情報技術の発達に伴って、投資家の株式売買や企業による情報開示のスタイルは、大きな変貌を遂げてきた。会計情報の投資意思決定有用性を検証する財務会計の研究もまた、それに対応する精緻化が求められる。

Copyright © 2016, 音川和久

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