研究開発調査の多様性パラドックス

八木迪幸

イノベーション研究の文脈では、競争優位に影響するような成功したイノベーションを生み出すためには、多様性の確保が重要であり、企業が多様な投入を利用することの重要性が強調されている。しかし、そのような多様性を調査したり管理したりするのは容易ではなく、しばしば未知の技術領域における調査が必要になる。こうした研究開発における調査の文脈では、搾取的(exploitative)・探索的(explorative)という観点で、企業の技術調査の方法に違いがあることを示している。搾取的調査とは企業にとって既知の技術を再利用する調査で、探索的調査とはその企業にとって新しい技術領域への調査のことである。ただし、新しい技術領域とはいえ企業が基本的に従事する技術領域とはそれほど違わないこともあり、搾取的・探索的とはその技術調査が控えめか抜本的かどうかの程度の差を指す訳ではない。この文脈における論点は、企業はいかに搾取的調査と探索的調査を調和させているかである。具体的には、その調和の測定が研究課題となっている。

一般的に、企業がイノベーションを達成するための手段は多種多様であることを見て取れる。しかし、同じ産業内の企業同士は、急成長している技術に関連した調査活動において、技術的な多様性がほとんど無いことが示されている(Patel and Pavitt, 1997)。Patel and Pavittは、1985-1990年の5つの技術分野(化学、機械、電気電子、交通、その他)における各企業の特許活動は、同分野の過去の特許数分布(1969-1984年)と強く相関していることを実証的に示した(5つの相関係数は0.55から0.91)。言い換えると、取得特許の大部分が機械分野の企業は、以後も主に機械分野においてビジネス機会を開拓していることになる(同じ原理は他の分野でも当てはまる)。これは、多様性が競争優位を生むという文脈の趣旨からすればパラドックスである。

この説明として、Patel and Pavittは、企業に異種の成果をもたらすような多様性は、プロダクトは多くの異なる技術を含むことから、技術(ノウハウ)を採算性のあるプロダクトに変換することの相対的な難しさから生じていると示唆している。曰く、一部の企業は、技術をプロダクトに変換させる、企業特有の学習プロセスへの投資が得意だと示唆する。この視点は、企業の技術の多様性がアウトプットの多様性を生むという伝統的な進歩史観とは対照的である。Patel and Pavittの主張では、同じ産業の企業は、程度の差こそあれ同じ技術を持つが、いかに技術を成功したプロダクトに変換できるかにという点に関して内部的に異なる。

この説明はもっともらしいが、他に少なくとも3つの補完的な説明がある。まず、技術的調査には異時点的側面がある。先導企業は、探索的調査を行い、その後新技術開発に立ち入り、それ故競争相手に対して一時的な技術優位を得ているのかもしれない。一方、ライバル企業は、自社研究だけではなく、その先導企業のイノベーションを(情報活動による仲立ちで)様々な形で模倣して、イノベーションプロセスの投入要素として用いるかもしれない。この意味で、企業の調査動向はある程度相互依存的である。

2つ目として、高コストを踏まえると、探索的調査活動は成功した企業における主要な調査方法ではありえそうにない。しかし同時に、企業はしばしば、将来のビジネス機会に貢献する可能性を検証するために、新しい技術(機会)を習得する必要に迫られる。言い換えると、もし新興技術分野での探索に失敗すると、企業は重要な将来のビジネス機会を失い、致命傷となりうる。

3つ目として、特許分類による技術評価は、そもそも調査プロセスの後に観測される。事前の調査はその強度ややり方が企業間で異なるかもしれないが、その調査で獲得した解決方法は同様の問題に向けられるかもしれない。同様の問題に対する解決方法は、例え同じとは到底思えなくても、(広い)特許分類では同様の分類として整理されるだろう。

Patel and Pavittとイノベーション調査の文脈では矛盾があるが、それでも1つの合意は得られたと言える。新技術的・組織的な領域でイノベーション対して探索的研究に従事する傾向が著しく高い企業は、探索的研究をあまり行わない企業と比べて、プロダクト・イノベーションに対してより低い水準でしか責任を負わないという意味で、不利益を被る。言い換えれば、多様性への調査はかなり厳しく制限されるというのが大筋での一致である。いずれにせよ、この研究開発調査の多様性パラドックスは、多くの研究課題を生み出すであろう。

参考文献
  • Patel, P. and K. Pavitt, 1997, The technological competencies of the world’s largest firms: complex and path dependent, but not much variety, Research Policy: 26(2), 141-156. doi:10.1016/S0048-7333(97)00005-X
  • Laursen, K., 2012, Keep searching and you’ll find: what do we know about variety creation through firms’ search activities for innovation?, Industrial and Corporate Change, Industrial and Corporate Change: 21(5), 1-40. doi:10.1093/icc/dts025

Copyright © 2015, 八木迪幸

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