組織スラック

中村絵理

近年、企業の効率性に関する議論が活発になっている。厳しさを増す競争に打ち勝つために、いかに経営を効率化するかは経営者にとって大きな課題である。組織効率化の際に頻繁に参照される概念が「組織スラック」である。組織スラックとは、企業などの組織内部に存在する「ゆるみ」を指す。それは、過剰な人員、余っている設備、生産のロスタイム、内部留保など様々な形で企業活動のあらゆる場所に存在しており、それらを総合して組織スラックと呼ぶ。経営学ではCyert and March(1963)によって初めて言及され、Bourgeois(1981)によって投資やイノベーション、財務パフォーマンス等さまざまな企業活動への影響が考察されている。

組織スラックは、非効率性として組織に悪影響を与えるのだろうか、それとも未使用の経営資源として有用なものだろうか。先行研究では三つの観点がある。第一は、組織スラックは企業の非効率性と同じであるという考えである。組織スラックが存在するということは、ある生産水準を達成するために必要な水準以上の資源量を投入している、またはある投入量で得られるはずの水準よりも低い水準の生産量しか産出していないことを示す。このような企業は組織スラックをなくし、生産の最適化を目指すべきである。実際に、Majumdar(1998)は、実証研究によって組織スラックが企業のパフォーマンスに悪影響を与えることを示している。また、Pondy(1967)は、組織スラックの存在が企業内コンフリクトを増加させると考えている。これらの研究は、組織スラックが非効率的であるという見方を支持している。

一方、第二の観点は、現実の企業は様々な環境変化によるリスクに直面しているため、その緩衝剤として組織スラックは有用に使えるという考えである。Bourgeois(1981)によると、自転車のチェーンが張りつめた状態では急なブレーキによってチェーンは壊れてしまうが、少しのゆるみがあればその衝撃を吸収できる。これは企業経営にもあてはまる。例えば過剰人員や遊休設備などは急な需要の増加に対応でき、内部留保は急激な業績悪化に緊急資源として利用できる。また、Bourgeois(1981)は、組織スラックは企業の研究開発など様々な投資を促進するとしている。

第三の観点は、第一と第二の観点を統合したものである。つまり、組織スラックはある程度企業にとって有用であるが、過剰な組織スラックは企業の非効率性として経営を圧迫するという考えである。Tan(2003)は、組織スラックと財務パフォーマンスの関係は、「ある一点まではパフォーマンスに正の影響を与えるがその一点を超えると負の影響を与える」という逆U字型であると実証研究によって結論付けている。第三の観点によると、企業が持つべき組織スラックには最適量が存在することになる。つまり、逆U字型の頂点を与える組織スラックの量を測定することは可能ということになる。

しかし、実際に最適量を測定するにあたり、様々な問題がある。第一は、組織スラックの定義が広くあいまいであるため組織スラックの測定自体が困難であることである。事実、先行研究における組織スラックの定義は一貫していない。例えば、Bourgeois and Singh(1983)は組織スラックを過剰流動資産や借入能力などによって定義しているが、Tan(2003)は資本の原価償却率と利益留保率によって定義している。Mizutani and Nakamura(2014)は、組織スラックを確率フロンティアモデルによって定量的に推定している。先行研究では、これら組織スラックの定義によって研究結果が大きく変わっている。第二は、分析の際にどのような要因をコントロールするかという問題である。これによっても結果が大きく変化する。財務パフォーマンスに影響を与える要因は組織スラック以外にも様々なものがある。それらは産業の競争、企業ガバナンス、組織サイズや組織年齢など企業固有の要因など多岐にわたり、先行研究によってどの要因をコントロールするかは大きく異なっている。

以上のように、組織スラックをめぐる議論は未だ発展途上であるが、いずれにしても組織内で重要な役割を果たしていることが示唆されているため、更なる研究が必要である。

参考文献
  • Bourgeois, J.L. (1981) “On the Measurement of Organizational Slack,” Academy of Management Review, 6(1): pp.29-39.
  • Bourgeois, J.L. and V.Singh (1983) “Organizational Slack and Political Behavior within Top Management Teams,” Academy of Management Proceedings, pp.43-47.
  • Cyert, R.M. and J.G.March (1963) A Behavioral Theory of the Firm, Englewood Cliffs, N.J.:Prentice-Hall.
  • Majumdar, S.K. (1998) “Slack in the State-Owned Enterprise: An Evaluation of the Impact of Soft-Budget Constraints,” International Journal of Industrial Organization, 16(3): pp.377-394.
  • Mizutani, F. and E. Nakamura (2014) “Managerial Incentive, Organizational Slack, and Performance: Empirical Analysis of Japanese Firms’ Behavior,” Journal of Management and Governance, 18: pp.245-284.
  • Pondy, L.R. (1967) “Organizational Conflict: Concepts and Models,” Administrative Science Quarterly, 12(2): pp.296-320.
  • Tan, J. (2003) “Curvilinear Relationship between Organizational Slack and Firm Performance: Evidence from Chinese State Enterprises,” European Management Journal, 21(6): pp.740-749.

Copyright © 2014, 中村絵理

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