製品コンセプト

宮尾学

この原稿の依頼を受けてテーマを考えていた2014年9月10日、「iPhone6」が発表されました。携帯電話の概念を変えた、とも評されるiPhoneの新型発売を受けて、今回取り上げるビジネスキーワードは「製品コンセプト」にしたいと思います。

2007年1月9日、スティーブ・ジョブズはMacworld EXPO 2007の基調講演で「今日は3つの新製品を発表する。1つめはタッチ操作のワイドスクリーンiPod、2つめは革命的な携帯電話、そして3つめは画期的なインターネット・コミュニケーション端末だ。」と話しました。そのうえで、「でも、これは1つの製品なんだよ!」とiPhoneを登場させました(YouTubeで検索すればこの基調講演を見ることができます)。

このプレゼンテーションによればiPhoneの製品コンセプトは「携帯音楽プレーヤー、携帯電話、そしてインターネット・コミュニケーション端末を1つにしたもの」と表現できるかもしれません。一方、日本経済新聞は2007年1月10日の記事で「アップルが携帯電話事業に参入。iPodとの複合機を発売。」と報じています。他の日本の新聞も同様の報道をしています。これらはジョブズのプレゼンテーションに準拠した表現ですが、「インターネット・コミュニケーション端末」が抜け落ちています。現在から見れば、むしろこちらの方がiPhoneの重要な役割ではないでしょうか。

このように、ある製品のコンセプトを表現するのはとても難しい課題です。その理由の一つとして、そもそも「製品コンセプトとは何か」を定義するのが難しいことがあげられるでしょう。

学術的には、製品コンセプトはどのように定義されているのでしょう?長らく製品開発マネジメントの研究に携わってきたRobert Cooperは、製品コンセプトを「製品が何で何をするのかを記述したもの」と定義しています(Cooper、 2011)。Victor Seidel は製品コンセプトを「製品開発プロジェクトの目標を示すもの」としていますし(Seidel、 2007)、Karl UlrichとSteven Eppingerは「製品の技術、動作原理、および形態を記述したもの」としています(Ulrich & Eppinger、 2012)。Cooperは一般的な定義を述べており、Seidelは製品開発という局面における製品コンセプトの役割に注目しています。UlrichとEppingerは製品の技術的な動作原理にフォーカスしています。このように、どのような局面を想定するのか、誰の目線を想定するのか、によって製品コンセプトの定義は様々なものがありえます。

しかし、実際のマネジメントのことを考えると、このような多義性は問題を生みます。

製品コンセプトが特に重要な役割を果たす局面の一つが製品開発です。例えば、自動車の製品開発では、数多くの部品の設計を多くの部署で分担して設計するため、全体としてまとまりを持たせることが不可欠です。プロダクト・マネジャーは各部署をまわり、自身の考案した製品コンセプトを説いて回ります。時には細かい部品のスペックまで翻訳して語ることもあれば、概念的なことを語ることもあるそうです。こうして開発組織の隅々まで製品コンセプトを浸透させることで、一貫性をもった製品を創ることができるのだそうです(Clark & Fujimoto、 1991)。

このようなマネジメントが可能になるためには、そもそも「製品コンセプトとは何か」が組織内に共有されていなくてはならないでしょう。しかし、そのようなことはまれです。私自身、これまで企業で製品開発に携わっている方に、御社では製品コンセプトをどのように定義していますか、と聞いたことが何度かあるのですが、統一した答えはありませんでした。そもそも定義はない、あるいは部署によって考え方が違っていて困っている、といった声も聞かれました。

1つの企業組織は全体で一貫した知識の蓄えや意味体系を持っているわけではありません。Deborah Doughertyは、同じ組織でも異なる知識の蓄えや意味体系を持っている部門が複数あることを指摘し、これらの部門をDepartmental thought worldと呼びました(Dougherty、 1992)。彼女によれば、新製品開発という局面において、異なるDepartmental thought worldは「開発でもっとも重視すること」について異なる理解をしているそうです。技術部門はその製品が何をするのかという設計に、営業部門は製品とユーザーを適合させ、変化するニーズに対応し、売上をあげることに、製造部門は製品の耐久性や品質、仕様の数に、そして企画部門は事業計画とマーケティング計画に、とそれぞれフォーカスが違うのです。彼女の論文は製品コンセプトについて直接論じている訳ではありませんが、製品コンセプトについての理解も部門によって異なることが予想されます。

以上の論考から、社内で製品コンセプトとは何かという定義を明確にし、それを共有しておく必要がある、ということが言えるでしょう。先ほど、多くの企業で製品コンセプトとは何かが定義されていないと述べましたが、ある企業ではそれをきちんと定義し、多くの製品で統一されたフォーマットで製品コンセプトを記述しているそうです。これによって複数の部門での情報共有のプロトコルを決め、製品開発やマーケティングなど様々な局面で一貫性をもたせようとしているのです。

良い製品コンセプトを作り出すのは新製品開発に携わる人々に取ってとても大切なことです。しかし、そのためには「製品コンセプトの概念(コンセプト)」についても考えてみる必要があると言えるでしょう。

参考文献
  • Clark, K. B., & Fujimoto, T. (1991). Product development performance: Strategy, organization and management in the world auto industry. Boston: Harvard Business School Press.
  • Cooper, R. G. (2011). Winning at new products: Creating value through innovation (4th ed.). Philadelphia: Basic Books.
  • Dougherty, D. (1992). Interpretive barriers to successful product innovation in large firms. Organization Science, 3(2), 179-202.
  • Seidel, V. P. (2007). Concept shifting and the radical product development process. Journal of Product Innovation Management, 24(6), 522-533.
  • Ulrich, K. T., & Eppinger, S. D. (2012). Product design and development (5th ed.). New York: McGraw-Hill.

Copyright © 2014, 宮尾学

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