技術開発とイノベーション
波田芳治
今回のキーワードは、「技術開発とイノベーション」です。この関係を過去の経験から振り返り、考察します。
1)まず、過去の歴史です。実際に、自動車用の加工性の悪い高強度鋼板(ハイテン材)を開発し売り込む為になされたことを概観し、今後の技術開発におけるマネジメントを、考察してみます。
我が国の自動車技術開発において、ともすれば完成品の自動車における新製品としてのデザインや新規の機能に話題が集まるが、実際にはその開発構想の実現には、材料や加工技術の開発を、全体の産業分野で共有し、その開発投資を各企業の裁量と、開発技術者や研究者のイノベーターとしての活躍に負っているところが大である。しかも、通常の成果主義的な処遇だけでは、当該の技術者達はイノベーションを生むようには、ほとんど機能しないことが、後述するように現場において実証されて来た。
結局、人は強制されずに、自ら設定した目標に向かって、場合によっては没頭して考え抜いてから、イノベーションを産み出すことが可能となるのではないかと思われる。
一方では、素材産業という立場から、従来は客からの要求を聞いて、Specificationの議論をするのが受注活動であった。しかしながら今では、こちらからイノベーションを含む提案型の営業活動を推進して、攻めの営業を徹底し、ハイテンのXXXXと言われるブランド化が達成されてから早15年の時が経った。従い、このような製造と販売の良い連携がなければ、技術開発やイノベーションは日の目を見ないということである。
2)さて、皆さんの職場ははたして、イノベーションを生むような環境を保持しているでしょうか?まずは、マネジメントの失敗とも言える実例を上げ、学びの機会と致しましょう。
某社では、バブル崩壊の直後、研究開発の要員と予算の縮減を考慮した計画書の策定を求められた部門トップの管理職が、開発現場実務の見直しをした。そして、特許申請件数の管理を強化し、非正規テーマでの研究開発活動を禁じた事によって顕在化した事例である。
従来はUnder Tableで研究することを許し、全体予算の10%程度を、夢の開発として責任の問われない投資を認めて来た。これを成果主義的発想から、これまでの経緯と既得権を破棄して総てをプールし、最も名目の立つ見かけ上優れた案件のみに、経営資源を投入することにした。
その結果、イノベーションというリスクの高い分野へのチャレンジャーは、なりをひそめ、もっぱら成果が出なくても、失敗例として認知されないような案件に、開発管理者は経営資源を投入するようになった。そして、特許取得も実際の革新性のある技術の実現も不可となった。
3)たまたまこのような事態となる直前に、当該の技術者達は生産設備の破損事故のリスクを抱えながらも、従来の常識を超える(イノベーションの成果)変形能力を持った高強度鋼板(ハイテン材)の開発を終えており、設備の対応をしていけば、実際の生産は可能な技術が確立されていた。従い幸運にも、その開発製品は自動車用としての高強度鋼板の実績を築くことが出来た。 その結果日本製の自動車の軽量化と燃費の改善に、大いに寄与して現在に至っている。
4)ところで、成果主義的な発想が未熟のまま適用されたために、本来の得られる成果も得られなくしてしまったことで有名なものが、2004年頃の富士通の例である。また、ソニーが、トリニトロンやウォークマンで、世の中にイノベーティブな商品コンセプトを提供出来たのは、まだ、世の中が右肩上がりで、競合者や守るべきものの少ない、チャレンジャー礼賛の可能なステージに有った時期までであろう。
技術は直ぐに陳腐化するので、終わりのない開発競争を、スピードを持って進めかつ商品化も出来なければ、投資の回収が不可になる。そこで、飛躍のためには、イノベーションが必須となるが、シャープの亀山モデルの液晶テレビの例でも学習できるのは、その適用リスクを、どう評価し、チャレンジした結果が失敗でも、致命症とならない工夫がいるということであろう。
5)その工夫を可能とするアイデアが、年初の寄稿で日経ビジネスOnlineに紹介されていた。【イノベーションが止まらない「両利きの経営」とは? 2013年2月12日付 入山章栄】の記事である。結論は、「知の探索と深化を同時に実現している企業ほどイノベーティブな製品を生み出しやすい」というもので、参照されたい。
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