コミットメント経営

ビジネスの文脈においてコミットメントという言葉は新聞や雑誌などでも最近はよくつかわれている。このコミットメント経営も耳にしたことがある人は、いるかもしれない。ただし、実はこのコミットメントという言葉は2つの意味でつかわれていることに注意をすべきである。

1つは、日産自動車の再生を果たしたカルロス・ゴーン社長が言うコミットメントである。このコミットメントは必達目標と訳され、必ずやり遂げるべき覚悟と意志、責任を含んだ明確な目標のことを指す。このような目標への強いコミットメントをベースにマネジメントを展開するのがこの意味でのコミットメント経営ということになる。この第一の意味でのコミットメント経営ということで言えば、マニフェストを簡単に翻した民主党は目標へのコミットメントが何もできていなかったということになる。

もう1つのコミットメントは、組織との強い関係を示すコミットメントであり、この文脈で言えば、組織と個人の強い関係をベースにしたマネジメントをコミットメント経営と呼ぶ。この強い関係は主に心理的なもの(愛着や一体感)に基づくものが多い。学術的にはコミットメントとはこちらのことを指し、通常は組織コミットメントという概念で取り扱われる。このビジネス・キーワードではこの後者の意味でのコミットメント経営について紹介する。

コミットメント経営では、愛着や一体感などの組織への強い関係が様々な面で組織にプラスの成果をもたらすと考え、従業員のコミットメントを高めることによって組織の成果が上がると考える。組織における人間行動を研究する組織行動論においては、組織コミットメントは、強いモティベーションと求められる以上の努力をもたらすこと、そして離職や転職を減少させることを実証研究から明らかにしてきた。想像に難くないように、その原点の1つは日本的経営にある。初期のコミットメント経営では、強い組織文化や価値によって従業員は組織に強くコミットすると考えた。逆に言えば、強い組織文化や価値を打ち出すことによって、従業員のコミットメントを喚起し、組織によい成果をもたらすと考えたのである。現在も多くの企業で行われる理念を用いたマネジメント、クレドマネジメントはこの初期のコミットメント経営の延長線上にあるマネジメントであるといえよう。

その後コミットメント経営は、人的資源管理論として考えられるようになってきた。そこでは、コミットメントがモティベーションを引き出すだけでなく、長期的な組織と個人の関係が長期的な能力開発につながり、組織の人材の力がより大きくなるために組織にとって良い成果をもたらすと考えたのである。実は実際の議論はこの反対で、良い業績を上げている企業を調べていくと、短期的な成果を強く求めていく人事施策ではなく、長期的な組織と個人の良好な関係を維持することにつながる人事施策をしている企業であったことから、このようなことが主張されることになったのである。このように一口にコミットメント経営と言っても、2つの意味があり、また心理的なコミットメントをベースにしたコミットメント経営においても、強い価値の共有による考え方と長期的な関係から生まれる人材開発による考え方がある。強い価値の共有によるコミットメント経営では、明確なミッションの提示や理念教育といったことがマネジメントの中心になり、長期的な関係から生まれる人材開発によるコミットメント経営では長期的な人材育成やキャリア開発といったことがマネジメントの中心におかれる。

ただしどちらにウェートが置かれるコミットメント経営であっても、心理的なコミットメント(愛着や一体感)をベースにしていることは間違いない。故に、両者に共通するコミットメント経営の問題点もある。組織への愛着や一体感を基盤としているが故に、組織を変えるということが起こりにくくなったり、それに対して心理的な抵抗感が生まれたりしてしまうのである。組織がうまくいっているときは大きな力となるコミットメントの強い人々が、ひとたび大きな変革を前にすると、いわゆる抵抗勢力になってしまうことがあるのである。もちろん変革することが常に正しいわけではない。しかし、価値が共有され、周囲を強く信頼するが故に、組織が無批判に暴走してしまうこともある。この点についてはコミットメント経営が提示された初期のころからすでに指摘されている。コミットメント経営は人に優しい甘い経営であるが、同時に状況によっては副作用をもたらす毒の部分ももっていることを忘れてはならないだろう。

Copyright © 2012, 鈴木竜太

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