LCC(Low-Cost Carrier)

村上英樹

1971年米国のテキサス州で運航を開始したサウスウエスト航空を嚆矢とする、低費用で運航する航空会社の総称である。サウスウエスト航空など、州内限定で運航を許可されていた航空会社は1978年の旅客航空規制緩和以降、州際業務に路線を拡張し、多くの路線でハブ&スポークシステムを有するアメリカン航空などの大手企業(Full Service Carrier, FSC)と競合することとなった。

LCCの費用削減は、管理部門の費用削減、労働生産性の向上、使用料が廉価な大都市第2空港の活用、近距離・中距離2地点間輸送に特化することによる機材回転率の向上、当初は電話予約、現在はインターネット予約に特化することによるチケット販売要員の削減、無償機内アメニティの撤廃、旅客ターミナルの簡素化、並びに機種統一によるパイロット及び整備担当者の効率的運用により達成される。

一方で、安定収入を維持するために、いわゆるマイレージを撤廃すると共に、大手による独占または共謀独占市場に参入のターゲットを絞り、FSCよりも低運賃で参入して価格弾力性の大きな旅客層を吸引した。また座席ピッチを詰め、かつ機内アメニティ用のスペースにも座席を配置することで、同一機材でもFSCの機材より10数名多く座席を確保している。

新規参入パターンは、FSCが利用する基幹空港に直接参入するパターンと、近隣の第2空港(シカゴ・オヘア、ダラス・ラブ、ワシントンDC近郊のボルチモアなど)に参入するパターンに大別される。基幹空港においてLCCとFSCが直接競争を行う場合には双方のダメージが大きく、消費者余剰は大幅に増加するもののしばしば共倒れのような事態も発生した。LCCが第2空港に参入する場合には、競合関係はやや弱くなり、中小のLCCは基幹空港のFSCの運賃決定行動に影響を及ぼさない「棲み分け」状態となる。その一方で、サウスウエスト航空及びエアトランのような有力なLCCの場合には、第2空港への参入が基幹空港のFSCの運賃に大きく影響を及ぼす。しかし、FSCにとっては撤退するほどのダメージは受けず、安定的に低運賃の下で両者共存する均衡状態に至る。また、ニューヨークJFK空港のように、設備が簡素なLCC専用ターミナルを基幹空港内に設けることによって、航空会社の共存のための棲み分けを行わせる施策も存在する。

一般的に、LCCが参入した後は、初年度は激しい競争が展開される。しかし2年目以降はやや競争は沈静化する。長期的には競争効果は維持されて、どちらかが撤退しない限り低運賃は維持される傾向がある。運賃は、完全競争均衡の水準と、クールノー競争均衡の水準の中間のような結果となる。一方で、LCCの便数が、発着枠の制限のために伸びず、負債を抱えたLCCが撤退するような場合には、FSCはLCCが参入する以前の運賃よりも高い水準まで運賃を修復することで、競争期間中に生じた損失を短期間で補填する行動が、特に日本の航空業界において観察される。このような場合、LCC参入前・競争期間中・LCC退出後の合計の総余剰(消費者余剰+企業の利益)は、FSCのみが利益を得る総余剰マイナスの事態か、もしくはFSCでさえ損失を被り、消費者、LCC、及びFSCの3者がLose-Lose-Loseの関係に陥ることが確認されている(空港のみWinである)。このように市場原理がうまく機能しない場合にはLCCの発着枠を優先的に増やすなど、総余剰増加に向けた政策の介入も必要となる。

今日、LCCは国際線にも進出し、中には2008年に倒産したOasis航空のような大型機による長距離輸送も行うLCCが登場している。そして、米国・欧州はもちろん、東南アジア、南米、中東、アフリカなど全世界的にLCCが展開するようになっている。その中で従来のLCCの枠にはまらないサービス(長距離路線進出による大型機使用、割高な有償機内アメニティの提供、あるいは座席ピッチ拡大による乗り心地の改善)が提供され、LCCとFSCとの間のサービスの差別化が不完全となっているケースがある。その場合、航空会社は互いに激しく旅客を争奪する市場が存在する。その一方で、特に長距離路線ではLCCとFSCが完全に棲み分けている場合も存在する。棲み分け関係は、上で述べたように、ベースとする空港あるいはターミナルの分離、FSCのマイレージ特典などに起因する。研究者の中には、棲み分けによりFSCの共謀独占市場がいまだ存在することに注目し、そのようなFSCの牙城にもさらに競争原理を導入して総余剰を改善すべきであるという見解と、旅客の支払い意欲に応じて高運賃・高品質サービスを提供するのであれば、そこまで介入する必要はないのではないかという見解が存在する。

今後、LCCは、価格弾力的な旅行客の移動手段として、あるいは所得が必ずしも多くない労働者の国際移動の手段として、さらに重要性を増してくる。

なお、LCCを「格安航空会社」と呼称することは誤りである。実際、LCCが大きな市場シェアを持つ市場ではしばしばLCCの運賃がFSCの運賃を上回ることもある。「格安運賃」はあくまで市場で決まる要因である一方で、ローコストは企業側の要因である。従って競争的な環境で価格と費用が厳密に連動すれば低費用=低運賃の関係になるけれども、LCCが独占的な価格決定力を持つ立場にあれば、LCCの運賃は格安ではないことに留意されたい。

Copyright © 2012, 村上英樹

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