移転価格

松井建二

移転価格(transfer price)とは、企業がその内部の事業部門間で、製品やサービスの取引を行う際に設定する価格のことを意味する。典型的には多国籍企業が異なる国にまたがる形で複数の事業部門を持つ場合、その部門間における取引価格が例として挙げられる。なお英語の”transfer price”は、国際経済学や税務論においては、日本語では「移転価格」と訳されることが一般的であるが、会計学の文献では「振替価格」と訳されることが多い。以下では「移転価格」と統一する。さらに現実のビジネスにおいては、このキーワードは現在進行形である”transfer pricing”の方が、むしろトピックとして挙がる場合が多い。こちらは「移転価格操作」ないし「振替価格操作」と訳される。これは特に近年、様々な多国籍企業において、この移転価格が不適切な水準に操作されているとして、内外の税務当局に指摘される事例が増大しているためである。UNCTAD (1996)の調査では、世界の貿易の約3分の1が企業内貿易であると推計されており、この移転価格操作はいっそう重要な問題として注目されている。移転価格操作の事例がニュースとして取り上げられる機会は非常に多くなっているので、どのような事例があるかに関してはメディアの情報をご参照いただくとして、ここでは経営学における移転価格に関する学術的な研究としてどのような流れが存在するかを簡単にまとめたい。

移転価格に関する経営学研究の主な流れとしては、大きく2つのものがある。1つは一国あるいは複数国が税収を確保するためには、移転価格に対してどのような規制を設けることが望ましいか、という経済全体の視点からの研究である。移転価格の設定に対する規制が無い状況下では、多国籍企業は移転価格を操作することにより、税率の低い国へ所得を流出させるという租税回避の誘因を持つことになる。例えば法人税率の低い国で生産を行った製品を、税率の高い国へ輸入・販売する状況下では、移転価格を高水準に設定することにより、税率の低い生産拠点のある国に多くの所得を残すことが可能となり、課税の合計額はより少なくなる。

このような租税回避行動は経済全体の大きな問題となるために、移転価格と関連してメディアではクローズアップされることが多いが、実はもう1つ、2つ目の流れとして経営における内部管理の調整手段としての機能を研究する流れも存在する。個別的な話題として、移転価格操作により各事業部門の誘因をコントロールすることが挙げられる。例えば部門間の移転価格を操作することにより、特定の事業部門に発生する製品あたりの利益を意図的に増やすことで、その部門の業務に対するモチベーションをより高めることが可能であり、その逆もまた可能である。これは部門間の意思決定の調整を移転価格操作により行っていることになる。また部門間の交渉により、全社的に最適な移転価格を達成可能か、という問題を考える研究も存在する。

1つ目の研究の流れがどちらかというと経済全体の視点からのものであったのに対し、2つ目では組織内の意思決定の調整・統一をどのように行うかが焦点となっている。その意味で後者の方がよりマネジメントの問題意識に近いと言える。実際にこちらの流れの研究は、生産管理論や管理会計学の学術雑誌により発表される傾向がある。Tang (1993)では、移転価格の設定には、マーケティング、行動科学、事業計画、国際経営、経済学・金融、法律、税制、および会計の8つの要因が考慮されると記されている。つまり、MBAの標準的なコースで開講されている科目はほとんどがこの問題に関連し、税制以外の観点からも、多面的に論ずる必要があることが分かる。著者が最近行った研究である、Matsui (2010)ではこうしたマネジメントの視点からの移転価格操作に関する研究の流れをまとめているので、関心のある方は参照して欲しい。

参考文献
  • Matsui, K. 2010. Strategic transfer pricing and social welfare under product differentiation. European Accounting Review, forthcoming.
  • Tang, Roger Y. W. 1993. Transfer Pricing in the 1990s: Tax and Management Perspectives. Quorum Books, Westport, Connecticut.
  • UNCTAD, 1996. World Investment Report: Investment, Trade and International Policy Arrangements. United Nations, New York.

Copyright © 2010, 松井建二

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