独立役員
加登豊
東京証券取引所は、昨年9月、社外取締役や社外監査役として客観的立場から経営判断を行う独立役員の導入を上場企業に義務づけることを発表した。大阪証券取引所も東京証券取引所と足並みをそろえるようである。義務化が決定されれば、すべての上場企業は独立役員の選任を行わなければならなくなる。JASDAQでは、上場企業のうち約一割の企業が対応を必要とする状況にあるという。独立役員とは、一般に「社外取締役又は社外監査役の中から、一般株主と利益相反が生じるおそれのない者」をいい、たとえ社外取締役や社外監査役であっても、親会社や関係会社の役員、大株主、経営者の親族等は、独立役員とは見なされない。
証券取引所が、独立役員を義務づける理由としては、コーポレート・ガバナンスが強く意識されているものと思われる。「外部の目」を組織内におくことは、いまや日本においては当たり前のこととなってきた。例えば、一部株主(いわゆる敵対的買収等を目的とする株主)の要求が他の株主にとっても有益であるかどうかを企業から独立して評価する独立委員会を設置する企業が増加している。また、国立大学でも大学経営に関して審議を行う経営協議会の構成メンバーは、学長や理事といった大学関係者に加えて学外委員が構成メンバーとなっている。
株式会社の場合、株主から経営を委託された経営陣が株主利益のために経営管理を行うが、組織内部で行われている活動が適切かどうかをチェックする仕組みとして、内部監査人を置き、公認会計士による監査を受けた会計情報を一般に開示することになっている。これだけでは、経営の適切性と透明性が確保できないと証券取引所が判断した結果が、独立役員の導入義務化の背景にある。これまで実施されてきた内部監査、公認会計士監査、情報開示では不十分だと判断されているわけで、内部統制(J-SOX法)の導入―これが適切なものかどうかは、慎重に検討を行う必要があるが―と独立役員の義務化は、同一線上にあると考えてよい。まず考えなければならないことは、義務化されていることを形式的に実施導入するだけでは、不十分だと言うことである。内部監査人を置いても内部監査が実質的に機能しているとはいえないため、内部統制の強化がはかられた。監査の歴史は粉飾の歴史であると言われるように、公認会計士監査も盤石ではない。制度として要求されているものは、形式面だけを整えるのではなく、それら制度の背景にある思想を理解し、実質的な制度の運用を行うべきである。
企業経営に対して監督/管理が強化されつつあることに対して、企業は憤らなければならないはずである。コントロール強化されずとも、内部統制が機能し、適切な情報開示を行い、取締役会が機能している企業は大多数である(と思いたい)からである。一部企業の機能不全に陥った経営管理を現状のまま放置できないと考えるから、関係当局は監督/管理を強めているのである。
コントロール強化に対して、形式だけを整えることに終始するなら、さらにコントロールは強化されていくだろう。このようなことを繰り返しているうちに、企業経営を行う上で不可欠な経営者の戦略的な意思決定、人材育成、経営資源の機動的な配分などについても自由度はさらに制限されることになるだろう。 独立役員に話を戻そう。上場企業、あるいは、上場を目指す企業では独立役員の導入が義務づけられる。現時点で独立役員を起用していない企業では、早急に、独立役員を依頼できる人材を得なければならない。適任人材候補がすでに数名はいるという企業は健在である。しかし、今から探索を始めなければならない企業もあるだろう。その場合のキーポイントをいくつか示しておく。この助言は、非上場企業にとっても有益なものとなるだろう。
第1は、業務や業種に精通していることを選考条件としないことである。以外かもしれないが、まったくの異業種や別分野の有識者が独立委員には望ましい。まったく異なる視点からの指摘が得られるからである。業務や業種に精通した者には、業務業種での常識、慣行、ビジネスの仕組みなどは空気のようなものであり、その特殊性から生まれる発想の呪縛から決して逃れることはできない。いいかえれば、「(業務や業界の)常識に潜む非常識」を指摘できる人物がよい。第2は、このような貢献が期待できる独立役員からの助言等を、異なる視点から物事をとらえられる好機と理解できる社内風土作りを行うことである。それができなければ、取締役会は紛糾することになるばかりでなく、独立役員に支払われる報酬は、付加価値をまったく生まない無駄な支出となるだろう。第3は、独立役員を選考するときのように、自由な発想ができ、イノベーションを起こせる社内人材を登用することである。
3つの助言に対して、異議を唱える人も少なくないだろう。しかし、そのような人のもとで経営されている企業は、間違いなく、将来の更なる監督/強化により、苦しい経営を強いられることになるだろう。
(この原稿は、『季刊 ひょうご経済No.106』 (2010年4月号)に掲載されたものである)
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