衆知、周知、習知
久本久男
以前に広辞苑で漢字を探していたとき、偶然、表題である3つの言葉に出会いました。3つの言葉の共通点は2つあります。第1に、すべて「しゅうち」と読みます。第2に、知という漢字が含まれています。ここでのトピックは、読み方ではなく、後者の「知る」もしくは知識です。人の意思決定を考えると、決定に影響する複数の要素を挙げることができます。この要素として決定者の知識状態があり、大きく決定に影響することは否定できません。そこで、表題にした「衆知、周知、習知」を利用して、「知る」ことを少し丁寧に考えましょう。
「知る」ことをできるだけ容易に理解するため、簡単なモデルを作りましょう。世の中には、地域aに住むAさんと地域bに住むBさんの2人しかいないとします。そして、それぞれの地域の天気は、晴れと雨の2種類とします。すると、天気について、あり得る状態を(地域aの天気、地域bの天気)で表すと、つぎの4つの状態です:
(晴、晴) (晴、雨) (雨、晴) (雨、雨)
さて、地域a、bは遠く離れており、Aさんは地域bの天気、Bさんは地域aの天気を知らないとしましょう。このとき、2人の知識の状態をつぎのように表すことができます。
Aさんには、セルA1とA2があります。A1には、(晴、晴)、(晴、雨)が含まれています。同じセルの中に入っているならば、それらの天気状態を識別できないと解釈します。すると、Aさんは、A1で(晴、晴)、(晴、雨)を識別できないとしても、ともに地域aは晴れなので、地域aは晴れと知ることはできます。しかし、地域bでは晴、雨のいずれの状態が生じているか識別できないので、地域bの天気を知りません。同様に、Aさんは、セルA2で地域aは雨と知ることはできますが、地域bの天気を知りません。BさんのセルB1、B2それぞれで、Bさんは地域bの天気を知ることができますが、地域aの天気を知りません。
では、天気についてあり得る4つの状態のなかで、実際に(晴、晴)が生じているとしましょう。Aさんにとって、(晴、晴)はセルA1に含まれています。したがって、地域aは晴れであることを知っていますが、地域bの天気を知りません。また、Bさんにとって、(晴、晴)はセルB1に含まれています。したがって、地域bは晴れであることを知っていますが、地域aの天気を知りません。このように実際に生じた天気に応じて、このモデルは知識状態を表すことができます。
1.衆知を集める
「衆知を集める」とは、多人数の知恵を集めることです。知恵を集めるならば、知識も集まるので、ここでは「多人数の知識を集める」ことにしましょう。これを先ほどの簡単なモデルでどのように表すのでしょうか? 世の中にはA、Bさんしかいないので、Aさんの知識とBさんの知識を集めることになります。「集める」ということを互いに電話で話し合い、相手にそれぞれの地域の天気を教えると想定できます。また、A、Bさんそれぞれの知識についてコーディネータがおり、コーディネータが知識を集めると考えることもできるでしょう。いずれにしても、互いに相手の地域の天気を知ることができるようになるので、知識を集めた結果はつぎのようになります。
天気についてあり得る4つの状態は、セルがより細かく(小さく)なった4つのセルに含まれることになり、両地域で実際に生じる天気を知ることができることになります。
2.周知の事実
周知の事実とは、知れわたっている事実のことです。Aさんの立場に立って、あることXは周知の事実であると主張するためには、少なくとも、「BさんがXを知っている」ことをAさんは知っている必要があります。なぜならば、「BさんがXを知っている」ことをAさんが知ってはじめて、XがBさんも知っている「(知れわたった)事実」であるとAさんは主張できるからです。さて、Aさんは地域aだけの天気を、Bさんは地域bだけの天気を知ることができる最初の簡単なモデルにおいて、「BさんがXを知っている」ことをAさんが知っているようなXはあるでしょうか?そのようなXは複数あり、その1つは「天気は、あり得る4つの状態のいずれかです」という考えなくともわかる全く当たり前のことです。すなわち、事象
です。ここでは、1つのケース「地域bは晴れ」だけを取り上げ、それをAさんは周知の事実であると言うことはできない根拠を示します(他のケースも同様に考えればよいでしょう)。実際に生じている天気は(晴、晴)としましょう。すると、(晴、晴)はセルA1に含まれるので、Aさんは地域aが晴れであることを知っています。そして、地域bの天気を知りません。地域bが晴れならば、(BさんのセルB1とB2から)「Bさんが地域bは晴れであると知っている」ことをAさんは知ることはできます。また、地域bが雨ならば、「Bさんが地域bは雨であると知っている」ことをAさんは知ることはできます。しかし、地域bの天気が晴れか雨かを知らないので、Aさんは「Bさんが地域bは晴れであると知っている」と言うことはできません。したがって、「地域bは晴れ」を周知の事実であると主張できません。
3.習知
習知とは、習い知ることです。学習とは、まねて何度も繰り返すという解釈があり、習う対象が外からやってくるようです。すなわち、情報を獲得して知ると解釈できます。「衆知を集める」において情報を外から獲得可能ならば、セルがより細かく(小さく)なることを示しました。したがって、地域bの天気に関する情報をAさんが獲得する例を利用して習知を図示すれば、つぎのようになるでしょう:
ここで利用したモデルは、認識論理(epistemic logic)のセマンティックアプローチで有名なクリプキモデルS5と同等なモデルです。簡単なので、長所と短所がよくわかっています。組織、社会の知識状態やそれに基づく制度のあり方、また、意思決定における知識などに興味がある人は、一度、認識論理にトライしてみる価値はあると思います。
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