内部統制報告書の開示と監査
内藤 文雄
昨今、企業の不祥事が相次ぎ、当該企業のブランドが崩壊し、最悪のケースでは企業破綻に追い込まれる企業が後を絶たない。雪印乳業の期限切れ牛乳の販売による食中毒事件、三菱自動車およびその子会社のリコール隠しの再発覚、浅田農産の鳥インフルエンザ隠蔽事件、雪印食品、日本ハムやハンナンなどのBSE牛の偽装事件、東京電力の原子力発電所の事故隠しなど経済社会に与えた不信感はきわめて大きい。これらの事件を未然に防ぐ手立てはなかったのであろうか。詳細な分析を加えるまでもなく、少なくとも社内の情報システムが確立し、かつその監視システムが機能していれば、いずれの事件も早期に対策が講じられ、これほどまでに公共の利益を阻害することはなかったであろう。
企業の事業活動にはさまざまなリスク(将来の損失となる事象)がつきまとう。事業活動による利益追求あるいは企業価値の最大化の追求は、これらのリスク要因を把握し、その影響を最小限にとどめてはじめて達成される。そのためには、内部統制を整備するとともに、有効に機能させていなければならない。もっとも、内部統制だけで解決できるかといえばそうではない。経営者の経営理念の中に、企業倫理、特に公共の利益の追求という視点が欠如していれば、どれほど優秀な内部統制が行われてもリスクには対処できない。
現在、グローバルな流れは、企業経営者にその内部統制の整備と有効な機能化を求め、その結果を経営者自ら1つの情報、すなわち内部統制報告書として開示させ、かつ内部統制報告書の信頼性に対する公認会計士による監査を受けさせるという動きがあり、アメリカではまさにこれが制度化されようとしている。
つまり、サーベインズ・オックスリー法(SO法、平成14年7月30日制定)第404条により、SEC登録会社(証券市場上場会社)は、SECに提出する年次報告書に内部統制報告書を添付すること、および内部統制報告書について外部監査人が証明を行うことを強制され、SO法により、監査基準の設定権限を与えられた公開会社会計監視委員会(PCAOB)は、平成16年3月9日に監査基準第2号「財務報告にかかる内部統制の有効性に関する監査基準」(案)を公表し、同4月8日付でSECは本案に対するコメントを募集したのち、同6月17日付で本監査基準を承認し、原則として2004年11月15日以降に開始する事業年度から適用される。
経営者による内部統制報告書での開示内容は、次の4点である。
(1) 経営者には、良好な財務報告に関する内部統制および手続の確立とその維持に関する責任がある旨
(2) 経営者が内部統制を評価するに当たって利用した枠組みの説明
(3) 決算時点において内部統制が有効であったかどうかについての経営者による評価の結果
(4) 経営者による内部統制に対する評価の結果に対する財務諸表の監査人の証明書の発行の旨
(4) について、PCAOBの監査基準案では、経営者による内部統制の評価の結果について、外部監査人が意見を表明するだけでなく、それに加えて外部監査人による内部統制の有効性についての評価の結果も意見として表明しなければならないという規定が置かれている。つまり、内部統制報告書に対する監査報告書には、2種類の意見、すなわち、内部統制報告書の適正表示に関する監査人の意見、および当該企業の内部統制の有効性それ自体に関する監査人の意見の両者が記載される。
このことは、財務報告に関する内部統制について、経営者および監査人がそれぞれ評価を行いその結果を開示することを意味しており、企業の内部統制の有効性を確保し、ディスクロージャー制度を資本主義社会のインフラストラクチャーとして保持することへのSECの強い信念が表れているということができる。
内部統制報告書の例は次の通りである。
A社の経営者は、財務報告に関する良好な内部統制を確立・維持する責任を負っている。
経営者は、200X年12月31日現在の財務報告に関する内部統制を評価した。当該評価に基づき、経営者は、200X年12月31日現在、財務報告に関する有効な内部統制を維持していると確信している。
具体的には、当該内部統制は、会社資産の取引および処分を正確かつ適正に反映した記録が保持され、また、アメリカの一般に認められる企業会計の基準に準拠した財務諸表の作成を可能とするのに十分な形で取引が記録されていることに関する合理的な保証を与える方針および手続が含まれている。さらに、当該内部統制には、A社経営者と取締役の承認に基づいてのみ会社の収支が行われていることについて合理的な保証を提供する方針や手続を含んでいる。これらの方針および手続は、COSOに示された内部統制の統合的枠組みによる有効な内部統制の基準に基づいたものである。
また、内部統制報告書に対する監査報告書(無限定意見の場合)の例は次の通りである。
独立登録会計事務所報告書
○ 導入区分(内容省略)
○ 範囲区分(内容省略)
○ 定義区分(内容省略)
○ 固有の限界の区分(内容省略)
○ 意見区分
我々の意見では、A社が200X年12月31日時点の財務報告にかかる有効な内部統制を保持しているという経営者の評価の結果は、(たとえば、COSOの)規準に基づけば、すべての重要な点において、適正に表示されている。また、我々の意見では、A社は200X年12月31日時点の財務報告にかかる有効な内部統制を、(たとえば、COSOの)規準に基づけば、すべての重要な点において、保持している。
○ 説明区分(内容省略)
○ 署名・場所・日付
なお、わが国でも、このアメリカでの動きに対応すべく、有価証券報告書における開示の拡充が要請され、平成15年4月1日以降に開始する事業年度にかかる有価証券報告書および有価証券届出書において、下記の3種類の情報開示が求められている。
- 「提出会社の状況」に、コーポレート・ガバナンスに関する情報:
会社の機関の内容/内部統制システムの整備の状況/リスク管理体制の整備の状況/役員報酬の内容/監査報酬の内容など - 「事業の状況」に、事業等のリスク:
財政状態・経営成績およびキャッシュ・フローの状況の異常な変動/特定の取引先・製品・技術等への依存/特有の法的規制・取引慣行・経営方針/重要な訴訟事件等の発生/役員・大株主・関係会社等に関する重要事項など - 「事業の状況に、財政状態及び経営成績の分析:
経営成績に重要な影響を与える要因についての分析/資本の財源および資金の流動性に係る情報など
「内部統制の整備の状況」は「内部統制の有効性」と同義ではなく、その一部である。整備の状況だけでは、内部統制の有効性を判断できないことに注意する必要がある。
文責: 内藤文雄 2004.06.22
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