産業とネットワーク
産業構造は状況に応じて異なるものである。例えば、バブル期の日本企業は買収合併により巨大化し、多くの製品を内製していた。それに対し、現在の不況下では分社化し、企業は小規模になり、生産に必要な投入物の供給を外注に頼っている。なぜこのように産業構造が異なるのかを、企業間のつながり、つまり、「ネットワーク」という観点から考えてみたい。ここで使うネットワークという用語はITでいうところのネットワークとは直接には関係するものではないことに注意して読んでいただきたい。
産業構造に関する理論分析の多くは競争分析であった。つまり、独占、寡占、完全競争の程度を分析していた。競争分析では、市場に参加している相手と価格・品質・数量について合意できれば、見ず知らずの相手であろうと誰とでも、いつでも取引できるという状況を考える。この状況は市場取引と言われるものである。例えば、消費者が初めて訪れた店で、見ず知らずの店員にお金を支払って商品を購入するという日常的に観察される行為も市場取引である。しかし、メーカーとサプライヤー間のような企業間取引は、市場取引とは異なり、見ず知らずの相手とは簡単には取引を行わない。多くの取引は顔見知りの相手と行われている。
あるメーカーとあるサプライヤーが顔見知りである場合をネットワークが構築されているということにしよう。そして、ネットワークが構築されている場合にのみ取引は可能であるとする。次のような状況を想像してもらいたい。ネットワークの維持には費用が伴い、サプライヤーがそれを負担するものとする。サプライヤーがメーカーから仕事をまわしてもらえるように関係を密にしておくためにかかる費用である。そして、メーカーはサプライヤーから供給される財・サービスを利用するためには、あらかじめ設備などが必要であるために投資をしなければならないとする。Kranton and Mineheart(2001)はこのような 状況を数理モデルを用いて分析し、産業構造を産業内のネットワークの構造として解釈し、効率的な産業構造について議論している。つまり、複数のメーカーと複数のサプライヤーが存在しているときに、産業全体の利益を最大にするようなネットワークの構造はどのようなものであるかを明らかにしている。
サプライヤーのネットワーク維持費用は固定されたものと考えると、効率的な産業構造は以下の3つのケースによって特徴付けることができる。
ケース1(内製・統合):メーカーの期待利益と比較するとメーカーの投資費用は小さい。
ケース2(市場取引):メーカーの期待利益と比較するとメーカーの投資費用は大きい。
ケース3(ネットワーク):上記2つのケースの中間。
ケース1ではネットワークを利用するには投資を必要とするが、投資費用が小さいためにメーカーはネットワークを利用するよりは内製またはサプライヤーを統合した方が利益が大きい状況である。このケースは好景気の状態であると解釈できる。ケース2では投資費用が大きいためにネットワークを利用したとしても投資費用の回収ができるほど利益が大きくないために、標準化された財を市場から調達する方が得になる状況である。不況の状態であると解釈できる。ケース3はケース1と2の中間であり、この場合、ネットワークを利用した供給に頼ることが望ましい状況である。
上の特徴付けは現実とも整合的である。GM(ジェネラル・モータース)の歴史はよい例である。GMは景気の変動にしたがって、内製・統合からネットワークへ、さらに内製・統合へと生産構造を変えてきた。さらに、トヨタのジャスト・イン・タイム方式はネットワークを利用したものと考えることができるが、日本の自動車産業が海外との競争にさらされていた当時の状況はケース3に当てはまると解釈することができ、ジャスト・イン・タイム方式の採用は必然であったのかもしれない。
ネットワークの利用について注意しておきたい。それは、それぞれのサプライヤーが特定のメーカーのみとネットワークを構築するだけではネットワークの利点はまったく生かされないことである。サプライヤーは複数のメーカーとネットワークを構築する必要がある。複数のメーカーとネットワークを構築することにより、サプライヤーはリスクの分散ができ、一方、メーカーは消費者の多様な好みへのすばやい対応や産業内での技術の共有が可能になることが利点なのである。特に、消費者の好みが多様であり、変動の激しい産業ではネットワーク構造は有効である。例えば、服飾産業は消費者の好みが多様であり、季節変動にさらされており、実際、イタリアの服飾産業では、サプライヤーである生地メーカーは平均数社のデザイン・メーカーと取引をしている。
日本の現在の状況を考えると産業のネットワーク構造は必要であると思われる。しかし、サプライヤーは中小企業が多く、不況のため倒産してしまったり、また、海外サプライヤーの利用のため、十分に有効なネットワーク構造が構築できるか疑問である。経済の停滞した状況では商品のバラエティが減少する傾向にあるが、これは消費者の好みの多様性が減少するのではなく、メーカーが消費者の好みに対応できなくなることが原因である。バラエティの減少は消費者の満足度が低下するだけでなく、産業の発展にも不利に働く。これからはサプライヤーを如何に育成していくかが重要となるであろう。
参考文献
- Kranton, R. E. andD. F. Mineheart, “Networks versus Vertical Integration,” Rand Journal of Economics, Vol. 31, No. 3, pp.570-601, 2000.
Copyright©, 2003宮原 泰之
この「ビジネス・キーワード」は2002年3月配信の「メールジャーナル」に掲載されたものです。