電子市場の経済学【後編】

丸山 雅祥

5 電子市場の台頭

POSシステムとEDIは以上のような変化を促したが、インターネットの急速な普及が新たな「電子取引」の動きを加速している。

EDIは、すでに取引関係のある企業間を専用回線で接続し、受発注のデータ交換を主とした「1対1」の接続形態を基本としてきた。しかしながら、インターネットは不特定多数の企業間を結び、より豊富なデータ交換を可能とする。このため、電子、家電、自動車メーカーなどが「1対n」の接続形態で部材調達の完全電子化に乗り出している。さらに、インターネット上で複数の売手と複数の買手を結びつけ、「n対n」という接続形態で企業間取引を電子的に処理する「インターネット取引所」の開設が進んでいる。買手側はインターネット取引所で複数の売手と交渉し、出来るだけ安い商品を購入することで商品の調達コストを削減できる。売手側は新たな買手との交渉によって、商品の販売機会が増える。こうしたインターネット取引所は、電子部品や鋼材、化学品、繊維などの分野から、さらに小売企業の商品調達へと拡大している。

GNX(グローバル・ネット・エクスチェンジ)は、シアーズ・ローバック(米)、クローガー(米)、セインズベリー(英)、カルフール(仏)、メトロ(独)など世界の有力小売企業が出資して2000年2月に設立されたものだが、小売が調達したい商品・資材をネット上で掲示し、自社にもっとも有利な条件を出した企業から購入する「逆オークション方式」や、通常の相対取引の仲介を手がけている。また、「トランゾーラ」は、コカコーラや、ユニリーバ、ネスレ、P&G、フィリップ・モリス、ハイネケンなどの欧米の食品・日用雑貨メーカー54社が参加しており、巨大化する小売企業に対抗して2000年6月に誕生した。さらに最近では、GNXはトランゾーラと接続し「メガハブ」という名称の複数の電子市場を接続する「M to M」(market to market)を新設し、共同出資の運営会社を設立すると報道されている。双方の取引手順や決済手続を統一し、参加会社の受発注や在庫管理の情報システムも接続する。メガハブを通じてメーカー、小売の双方が複数の市場をまたぎ、より多くの企業とネット上で取引が可能となる。

6 ディスインターメディエーション

以上の議論は、企業と企業(B to B)の取引について流通システムの情報化を扱ってきたが、次に企業と消費者(B to C)の取引を考えよう。電子市場は、すでに述べたように取引の空間的制約や時間的制約からの解放という基本的な性格を持つため、これまで生産と消費の空間的・時間的な連結に携わってきた流通業者に対して重大な影響を与えることは間違いない。デルによるコンピュータの直販、ソニーによる家電製品の直販への動きは、消費者ニーズが多様化したもとでそれを把握するのが難しくなっている状況で、消費者に直販したほうが消費者の情報を的確に把握できるようになるというメーカーの事情を反映しているが、そうした動きは、中間業者の排除(ディスインターメディエーション)の議論につながっている。

はたしてそうだろうか。議論を整理しよう。まず、中間業者の中抜きは2つの原因によって生じるものと考えられる。ひとつは・仲介業者によって提供されてきたサービスへの需要がもはやなくなること。2つ目は・こうしたサービスの提供者が価値連鎖の異なる段階に位置する他の主体に統合されていくことである。

電子取引にもマイナス面がある。たとえ受発注がオンラインでできても商品を顧客の自宅に届ける物流が必要になり、商品を実際に手に入れるには時間がかかり送料もかかる。消費者はきわめて多様な製品をごく少量ずつしか需要しない。消費者自らがこの生産と消費の品揃えのそごを調整するのは実に不経済である。このため、流通業者のサービスへの需要がもはやなくなることはないし、自分ですべての流通機能を担っていくこともない。また、インターネット専門会社は、店舗を持つことの重要性を認識している。進むべき方向は、店舗販売(モルタル)にインターネット販売(クリック)を併用したマルチチャネルの方向である。

新たな情報インフラが伝統的な中間業者の地位を補強することになると同時に、情報ネットワークは新たな中間業者の成長を促進する。eコマースにおいて生産者と消費者が直接取引するケースが広がっていくとは間違いないが、このことによって中間業者が消えてなくなるという議論には同意しがたい。

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Copyright©, 2003丸山雅祥
この「ビジネス・キーワード」は2001年1・2月配信の「メールジャーナル」に掲載されたものです。

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