キャリア・アンカー診断とキャリア・サバイバル分析
金井壽宏
これまで当然だと思っていた雇用関係のあり方に変化が生じている。会社に入れば、後は会社(人事部)にお任せというようでは、いい生き方はできない。キャリアを自分なりに創りこんでいく必要が自覚され始めてきた。この自覚を高めるには、これまでの仕事生活を振り返り、自分と自分の身の回り(会社、仕事、家族)の現状をチェックし、それらを元に将来を構想する必要がある。常時ではなくとも、少なくとも節目には、キャリアをデザインするという発想がほしいものだ。
問題は、せっかくそのような発想を抱くにいたっても、自分のキャリアのあり方について診断・分析し内省するためのツールが少ないことである。これを整備することが、実際的な課題となってきている。ここで、紹介するツールは、キャリア研究の大御所のひとり、MIT名誉教授のエドガー・シャインによって作成されたものである。
ひとつは、キャリア・アンカー診断と呼ばれ、ほかに適切な診断ツールが少ないことから、わが国でもよく知られるようになってきた(『キャリアアンカー――あなたの真価を見出そう』(金井監修、リクルート刊、1995年)。これは、ある個人が、たとえ会社や仕事を変わっていっても(もちろん変わらない場合にも)、そのひとの長期的な仕事生活をなす基調を探るツールである。ちょうど、船がどこに航海していこうが、錨を下ろすことができるように、またあるいは、錨があるからどのような大海、未知の世界にも航海できるように、人生という航路にも、キャリア・アンカー(アンカーとは、元々「錨」という意味だ)が備わっている。それがどこに所在するか探るのが、第1のツールだ。
もうひとつのツールは、キャリア・サバイバル分析と呼ばれ、前者ほどはよく知られていないが、シャイン自身のわたしへの私信によれば、環境の変化が大きいので、こちらの重要性もどんどん高まっている(編集者注:『キャリア・サバイバル』の邦訳は、2003年白桃書房より出版されました)。キャリア・サバイバル分析の手順は、簡単にいうとつぎのようになされる。まず、ある個人がキャリアを歩むうえで、現時点の仕事においてかかわりのある人物(ステークホールダー)の識別から始まる。つぎに、それぞれのステークホールダーが、仕事のうえで自分にどのような要望をもっているかをチェックする。その要望の間の矛盾、曖昧さ、あるいは要望の負荷の高さを分析するとともに、将来の変化を展望することによって、現在の組織もしくは仕事のなかで生き延びるための処方箋――いわば、「ダイナミックで重層的な「職務記述書」と言ってもよい」――を提供するのが、この分析のねらいである。
ひとがうまくキャリアを歩むためには、個人の側のニーズと組織の側のニーズをダイナミックにマッチングしていく必要がある。個人の側のニーズをそのひとが得意なもの、望むもの、意味を感じるものについての自己イメージという観点から診断するのが、キャリア・アンカーであり、組織の側のニーズを個人を取り囲むステークホールダーの視点に立って分析していくのが、キャリア・サバイバルである。前者だけだと、ただその個人の「わがまま」の具合を診断するだけに終わり、後者だけだと周りに振り回されるだけの「操り人形」の分析に終わる。後者の分析にプラスして前者がしっかりと診断され内省されないと、個人は決して自分らしく生きていることにならないし、前者の診断にプラスして、後者が分析されなければ、個人はそもそも生き残ることができない。キャリア・アンカーとキャリア・サバイバルは、車の両輪だ。
Copyright©,2003金井壽宏
この「ビジネス・キーワード」は1999年7月配信の「メールジャーナル」に掲載されたものです。