環境税の国境税調整
近年、地球温暖化が大きな関心を集めている。地球温暖化対策の一環として温室効果ガスの排出を削減することが考えられる。この目的に対して、EUをはじめとする先進国では排出権取引制度や炭素税または排出税を温室効果ガス排出企業に課すことが進められてきたが、京都議定書で削減義務のない新興国は経済成長による排出量の急増にも関わらず、排出の削減に消極的である。このように、温室効果ガスの削減を行う国とそうでない国、大きく削減する国とそうではない国との間で、国際貿易上競争力に大きな差が出てくるのではないかと懸念されている。排出削減政策を導入した先進国では、企業は炭素税または排出税などの負担によりコストが増加する。削減政策を採用しない国では、企業は炭素税または排出税などの負担がないため、先進国の企業との国際競争では有利な立場になると指摘されている。国際的競争条件を平準化する必要があり、その対応策の一つとして、先進国は「環境税の国境税調整」を主張している。
山下(2011年、 98頁)によると、環境税の国境税調整とは、環境税が導入されている国において、同様の税が導入されていない国からの輸入品には、輸入段階で国内の同様の製品に課されているものと同額の輸入税を課し、それらの国への輸出に際しては国内で課された環境税相当額を還付するというものである。
温室効果ガスの排出削減政策の違いは国際的競争の公正性に影響を及ぼすだけでなく、カーボン・リーケージをもたらす可能性がある。カーボン・リーケージとは、一国が排出量を削減する政策を取ることにより、その国の排出量は減少するが、他国の排出量の増大をもたらすという現象である。先進国の企業は、環境にやさしい技術、つまり、製品あたり排出量が少ない技術を持つため、“グリーン”な製品を生産している。その一方では、新興国や途上国の企業は、製品あたり排出量が多い技術を持つため、“ダーティー”な製品を生産している。炭素税または排出税が先進国のみに導入される場合には、先進国で生産の低下により温室効果ガスの排出量が削減されても、新興国や途上国での生産の拡大が温室効果ガスの排出量を増大させ、カーボン・リーケージの現象を引き起こす。カーボン・リーケージおよびそれによる温室効果ガスの世界全体の排出量の増大を防ぐためには、環境税の国境税調整が必要であると指摘されている。
環境税の国境税調整の導入が検討されたのは最近のことである。アメリカにおいて、アメリカの排出権取引制度と同等な環境保護を行っていない国からの製品の輸入に対して排出権の提示を求めるという一方的な措置を取る法案が連邦議会に提出された。その法案は、2009年には下院を通過したが、上院で却下された。山下(2011年、99頁)によると、日本では、京都議定書の温室効果ガス削減義務が課されていない国が多いため、日本が京都議定書に従う場合には、輸出についての国境税調整が必要であるという議論もある。蓬田(2013年)によると、2009年にコペンハーゲンで開催されたCOP15(第15回気候変動枠組条約締約国会議)では、環境税の国境税調整を含む国境調整措置をめぐり、EU、米国、日本を含む先進国と中国やインドをはじめとする新興国の間で議論が激しく対立した。その結果、国境調整措置をめぐる合意は達成できなかった。
参考文献:
- 山下一仁(2011):『環境と貿易―WTOと多国間環境協定の法と経済学』, 日本評論社。
- 蓬田守弘(2013):「通商政策は地球温暖化対策として有効かー不完全競争産業における国境調整そっちとカーボン・リーケージの分析」,上智経済論集、第58卷、29-41 頁。
Copyright © 2013, 馬 岩