損失

鈴木一水

年度初めから縁起の悪いお題で恐縮ですが、昨今の欧州金融危機や震災のあおりで損失を蒙っている個人や法人は決して少なくないと思われますので、ここでは損失の意味と、そのダメージを緩和するための損失の使い方について説明します。

「損失」という言葉は、一般には、財産を失うこと、あるいは失われた財産という意味で用いられることが多いようですが、企業会計や税金計算では、その範囲と計算方法が厳格に示されています。

企業会計では、損失という用語は2通りの意味で使われます。第1の意味は、通常の営業活動以外の活動や意図しない原因によって生じたその個人や法人の純資産(総資産から総負債を差し引いた残余)の減少を意味します。売却を予定していなかった投資有価証券や固定資産の売却損とか、投資計画では想定されていなかった収益性の低下に伴う固定資産の減損損失とか、予期しない災害損失などがこれに当たります。最近では、事業環境の激しい変化に即座に対応することが求められるようになったため、事業再構築に伴う損失の計上が目立つようになってきています。

第2の意味は、ある期間の収益から費用と第1の意味の損失を差し引いた残額がマイナスになる場合のそのマイナスです。特に会社では、営業活動から生じた収益が費用を下回る場合の不足部分を営業損失、営業活動を含む毎期反復継続的に行われる活動から生じた収益が費用と第1の意味の損失を下回る場合の不足部分を経常損失、ある期間のすべての企業活動その他の事象から生じた収益が税金を除く費用と第1の意味の損失を下回る場合の不足部分を税引前当期純損失、さらにそこから法人税、住民税および事業税を差し引いたものを当期純損失と呼びます。当期純損失の発生は、企業の経営成績の悪化を意味するので、配当支払いの減額または停止や役員給与のカットを検討する引き金となります。また、当期純損失は、企業が過去に稼いだ利益を留保したものである利益剰余金を減少させることになるので、財政状態の悪化を招くことにもなります。

税金計算上も、損失は重要な課税所得の計算要素になります。損失のダメージを緩和するためには、損失をうまく使って税負担の軽減を図る必要があります。税金計算における損失の取扱いは、個人の場合と法人の場合で異なるので、分けて説明しましょう。

個人の損失の場合は、同じ損失であっても、事業に関連して生じたものか、それとも生活の上で生じたものかによって、税金計算上の取扱いが異なります。事業に関連して生じた債権の貸倒れや事業用固定資産の売却・除去・災害による損壊などに伴って生じる損失は、事業所得の計算上、必要経費として収入金額から差し引かれるので、それだけ課税所得が減少し、税金も安くなります。必要経費が収入を上回って事業所得がマイナスになると、その損失は、配当所得、不動産所得(不動産の賃貸による所得)、給与所得および雑所得と相殺できます。なお、かつては、マンション投資からの不動産所得をマイナスにして、これと給与所得とを相殺することによって、給与所得者の節税を図ることが行われていましたが、現在では、不動産所得計算上生じた損失額のうち土地取得に要した借入金の利子額に相当する金額は相殺に使えなくなりましたので、マンション投資による節税はやりにくくなっています。

他の所得と相殺してもなお残る損失を純損失と呼びます。青色申告をしている納税者は、純損失を繰り越して、その生じた年の翌年から3年間に生じた所得と相殺できます。青色申告をしていない個人でも、被災した事業用資産の損失は3年間の繰越しが可能です。

生活で生じた損失の取扱いは複雑です。まず、土地・建物の売却によって生じた損失は、その年度の他の土地・建物の譲渡所得とだけ相殺でき、その他の所得とは相殺できません。ただし、所有期間が5年を超える居住用財産の売却によって生じた譲渡損失を他の土地・建物の譲渡所得と相殺してもなお損失が残る場合で、住宅ローンが残っているときには、一定の要件を満たす損失は3年間繰り越して他の所得と相殺できます。

株式の売却による譲渡損失も原則として他の所得と相殺できませんが、上場株式の譲渡損失は、申告分離課税を選択した他の上場株式の譲渡所得のほか配当所得とも相殺できます。それでも残る譲渡損失は一定の手続を取ることによって翌年以後3年間の上場株式の譲渡所得と相殺することができます。

震災などの自然災害によって住宅や家財に損失が生じた場合には、所得控除のうちの雑損控除制度を使って、その年の所得金額から減額します。減額される控除額は、原則として、次式によって算定される「差引損失額」から所得金額の10%を差し引いた金額と、災害関連支出から5万円を差し引いた金額のうちいずれか多い方の金額とされます。

差引損失額=損害額+災害関連支出額ー保険金等で補填される金額

損害額は原則として、被災した住宅等の災害前の時価から災害後の時価を差し引いた差額となります。災害関連支出額は、災害にあった住宅の取壊費用や除去費用の金額です。自然災害による損失は多額に上ることが多いので、雑損控除の全額を災害の発生した年の所得金額からは引ききれないことがあります。この場合には、損失を繰り越して翌年以降の所得から控除することができます。これを雑損失の繰越しといいます。ただし、この繰越期間も3年間に制限されています。

法人の税金計算では、各年度の益金から損金を差し引いた差額がマイナスになった時の損失を「欠損金」と呼びます。益金は収益、また損金は費用・(第1の意味の)損失にそれぞれ基づいて算定されることになっているのですが、税法には歳入確保、課税の公平および政策上の要請を反映する計算規定が設けられているため、益金と収益、および損金と費用・損失との間には食違いの生じるのが普通であり、したがって会計上の当期純損失と税務上の欠損金も相違します。法人の欠損金についても、平成24年4月1日開始年度から9年間の繰越控除が認められています。ただし、繰越欠損金の全額が翌年度以降の所得金額から差し引かれるのではなく、繰越期間中の各年度の所得金額の80%に相当する繰越欠損金しか相殺に使うことはできません。

法人の繰越欠損金は将来の税負担の軽減に使えるので、かつては繰越欠損金を抱える法人を税負担の高い好業績企業が買収して税負担の軽減を図るという租税回避行為が行われることがあり、そのための赤字法人の売買ということも横行していました。特に、近年の会社法制や法人税制の改正によって企業組織再編や連結納税が柔軟かつ容易に行えるようになると、赤字法人を利用した租税回避がますます容易になります。そこで、税法は、本来の事業上の要請からは逸脱した組織再編による租税回避を抑制するためのさまざまな規制を設けています。

損失は受けないにこしたことはないのですが、万が一生じた場合には、その損失を有効に利用して節税を図り、できるだけダメージを緩和する必要があります。しかし、そのためには、上述の通り、一定の要件や複雑な手続が要求されますので、素人では限界があります。ぜひ税理士資格を有する専門家の利用をお勧めします。

Copyright © 2012, 鈴木一水

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