知的資産経営
わが国が経済活性化の推進力として知的資産に着目してから、10年が経とうとしている。2002年3月に小泉内閣は、「知的財産戦略会議」を設置し、同年の7月に「知的財産戦略大綱」を公表した。ここでは、知的財産立国を目指した知的財産政策の推進が提唱された。この政策をうけて、経済産業省は、まず2004年1月に研究開発や特許に重点をおいた『知的財産情報開示指針』を公表した。『知的財産情報開示指針』では、企業が知的財産の重要性を認識し、事業戦略および研究開発戦略と連携して知的財産戦略を策定すること、そして市場の知的財産経営に関する理解を促進するために知的財産報告書を開示することが推奨されている。
つぎに経済産業省は、2005年10月にすべての業態を対象とした『知的資産経営の開示ガイドライン』を公表した。このガイドラインは、企業が人材、技術、組織力、顧客とのネットワーク、ブランド等の知的資産を活用した独創的なマネジメントの重要性を認識し、経営哲学や事業戦略と連携した知的資産経営を実践すること、そしてステークホルダーに知的資産経営の実践を伝達するために知的資産経営報告書を開示することを推奨している(わが国の取り組みは、経済産業省「知的資産ポータル」http://www.meti.go.jp/policy/intellectual_assets/index.htmlに詳しい)。
このような知的財産情報開示指針や知的資産経営報告書は、デンマークのガイドライン(A Guideline for Intellectual Capital Statements)や北欧を中心としたMERITUM(MEasuRing Intangibles To Understand and improve innovation Management)ガイドラインを基礎としているが、これらの普及はいまだ道半ばである。ここでは普及の鍵がどこにあるかを探るために、デンマークのガイドラインのキーパーソンであるMouritsenの主張に耳を傾ける。Mouritsenによると、知的資産経営報告書は、企業の事業の方向性と、事業の遂行を可能とする企業の資源と活動、そして活動の結果を可視化する(図1)。この可視化によって、企業の資源のポートフォリオ・マネジメントと、事業の遂行に合致した技能や経験、適性を習得する活動が促進される(図2)。
わが国は、技術立国、匠の技といった言葉に代表されるように、人的な資源と、これを基礎とした技術に関連付けて企業の強みが語られることが多い。この企業の強みは、ナレッジな資源と活動を、事業のベクトルと合致するように開発・管理し、これらの結果をステーク・ホルダーに適切に伝達することによって、持続可能なものとなる。これを可能とするのが知的資産経営報告書である。ここでは、ナレッジな資源と活動、そして結果を数値によって継続的に可視化し、それをナラティブに説明することによって、ナレッジな資源と事業との間の循環が可能となる。また、これらの活動と結果をステーク・ホルダーに開示することによって、知的資産経営報告書を媒介とした企業とステーク・ホルダーの相互作用が生まれる。この相互作用は、さきの循環を促進するであろう。このとき、組織の境界を超えたより広範なフィールドでの知的資産の醸成が期待される。
参考文献
- Mouritsen J., H. T. Larsen and P. N. D. Bukh (2001) “Intellectual capital and the ‘capable firm’: narrating、 visualising and numbering for managing knowledge,” Accounting,Organizations and Society, Vol.26, pp.735-762.
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