XBRLはもう一つの会計ビッグバンとなるのか

清水泰洋

8月の初め、日本の会計基準と国際財務報告基準(新聞では「国際会計基準」と報じられています)との差異を解消する作業を加速させ、2011年までに日本の会計基準を主要な部分において国際財務報告基準と共通化を行うという「東京合意」が報じられました(企業会計基準委員会のプレスリリースはこちら。なお、この会計基準の共通化のことを「コンバージェンス」と呼びます。コンバージェンスについては桜井教授によるバックナンバー記事を参照してください)。これは1990年代の終わりより始まった、わが国の会計基準を国際的なものへと変更していく一連の作業、いわゆる「会計ビッグバン」が総仕上げの段階に入ってきたことを示す象徴的な出来事といえるでしょう。これにより、日本企業の公表する財務諸表が国際的基準と実質的に同一品質の基準にしたがって作成されることとなるわけです。

この約十年の間に会計を巡る環境は大きく変化しました。第一に、実に多くの会計に関するルールが作られ、また改訂されました。「会計ビッグバン」と呼ばれる一連の会計ルールの新設・改廃の存在は『会計法規集』と呼ばれる会計に関するルールを集めた書籍が毎年のように改版され、そしてそのたびに厚くなっていることからも分かります。財務諸表の情報内容、そして数字の意味は大きく変容したのです。第二が会計に対する認識の高まりです。人々の会計に対する関心も、この十年で大きく増大し、会計に関する記事が雑誌や新聞で取り上げられる機会も増えてきました。「会計ビッグバン」という言葉も広く用いられ、会計に関する書籍が書店でも大きな位置を占めるようになりました。会計に関する本でミリオンセラーが出るとは一昔前は考えもしなかったことです。そして第三に、会計データ(財務諸表)の入手可能性も大きく向上しました。従来書店で購入するしかなかった有価証券報告書は金融庁の電子開示システムであるEDINETで、また新聞報道を介して以外のアクセスが難しかった決算短信はTDnetで閲覧可能となりました。これに加えて、多くの会社が財務諸表を自社ホームページに掲載しています。公開会社の財務諸表の入手はかなり容易になりました。数多くの会計ルールが作られ、より多くの人が会計に着目するようになり、そして財務諸表の入手がより容易になったのです。

では、その利用のされ方についてはどうでしょうか。残念ながらこの十年で財務諸表データの使い方について、大幅な効率化は見られなかったといっても良いでしょう。財務諸表分析を行う際、他企業との比較、時系列比較を行うためには複数の財務諸表を見る必要が出てきます。ある程度大規模な分析を行うためには、会計データを表計算ソフト等に一覧表の形で入力することが必要となるでしょう。しかしながらこの作業は、財務諸表の入手が容易になった現在においても手作業で行わなければなりません。例えば、貸借対照表の「現金預金 100百万円(=1億円)」という項目を表計算ソフトへコピー&ペーストする場合、当該項目を探し出して、項目名と金額の両者についてコピーまたは入力を行う必要があります。これを全項目について手作業で行うのは非効率ですし、入力ミスも避けられません。しかしながら、画像ではなく文字情報が画面上では出力されているのに、それを再度手入力するのはおかしな話です。一部の企業では財務諸表のデータを表計算ソフトで利用可能な形式でも公表しており、これを利用すれば期間比較は大幅に楽になるでしょう。ただし、このようなデータは企業毎に異なる様式で公表されるのが常であり、企業間比較を行う場合には、何らかの修正作業が不可欠です。

この原因は、かかるところ財務諸表のデータ形式が統一化されていないところ、さらに言えばPDF文書等の形で公表されている財務諸表が、それを読む人間にしか意味が分からない文字と数字との羅列でしかないところにあります。逆に言えば、勘定科目と金額に意味を持たせられれば、財務諸表データを変換することなく分析等に利用することが容易になるのです。このような、コンピュータが理解可能な形式で、意味を伴った財務諸表データのための国際標準として、XBRL(eXtensible Business Reporting Language)が公表され、実際に多くの人や企業に利用されるようになってきました。

XBRLは直訳すると「拡張可能な財務報告言語」であり、それだけではよく分かりません。勘の良い方だとお気づきかもしれませんが、これはコンピュータの世界で広く用いられているXMLをベースとした一つの実装形態です。XMLとは特定のソフトウェアやOSに依存しないでデータを表現する標準規格であり、コンピュータ言語を記述するためのマークアップ(タグ付け)言語です。利用目的に従ってタグに意味づけを行うと、XMLに基づく特定用途の言語が作成されます。例えば、インターネット上のサイト更新記録を記述するためにRSSが用いられる機会が増えていますが、これもXMLの実装の一つです。財務報告に特化したXML言語の実装がXBRLなのです。

XBRLは、XMLに基づいて作成されたXBRLの仕様と、その仕様に基づき各国の会計基準に合わせて作成された財務諸表の電子的なひな形(これを「タクソノミー」と言い、複数のファイルより構成されています)と、そのひな形の中に入る各企業の財務諸表の勘定科目と金額等の情報のリスト(これを「インスタンス」と言います)という三つの部分からなっています。仕様はタクソノミーの記述ルールを定め、タクソノミーはインスタンスの記述ルールを定めています。実際の財務諸表データはインスタンスに記述されるため、インスタンスのサイズは非常に小さくなります。複数のインスタンスを企業間・年度間で比較することも容易になるわけです。

XBRLはXMLが有するいくつかのメリットを享受することができます。XMLは、標準的なデータ交換言語としての地位を確立したため、現在XMLを処理するための言語やツールが多数存在しています。これらはXBRLを処理するためにも利用可能であり、全くの独自言語である場合に比べて開発のためのコストが低減できます。タクソノミー自身もXMLで記述されているため、よく設計されたXBRLのツールは表示ルールの変更や、企業・産業に特有のタクソノミーの拡張に対しても無変更で対応できるでしょう。また、インスタンスには財務諸表のデータしか入っていませんが、Web表示用(HTML)にも、印刷用にも変換可能であり、このために既存のツールを利用できるのです。多くの会計処理パッケージがXBRLでの財務諸表出力に対応しようとしており、財務諸表作成コストが低減されるというメリットが作成者にもあるでしょう。また、そもそも、構造の異なる三つの財務諸表の表示方法(タクソノミー)を記述するためには、XMLが必要であったともいえるかもしれません。他方、XMLの最先端の技術のいくつかは、率先してXBRLで採用され、XML開発者にとってもXBRLは大きな刺激になっているようです。

このように様々なメリットを持つXBRLですが、実際に様々なところで利用が始まっています。日本では、国税庁への電子申告(e-Tax)書類の一部がXBRLで作成されることとなっています。また、金融機関が日本銀行に提出する財務データの授受にもXBRLが用いられています。先に挙げたEDINETとTDnetの両者が来年度よりXBRLによるデータの授受が本格的に開始される予定です(これに向け様々な準備作業が行われており、TDnetでは一部企業のXBRL形式の財務諸表とそれを読み込むためのツールがここで公開されています。興味のある方は一度お試しになってください)。

近い将来、XBRLによる財務情報の開示が当たり前のものとなり、財務諸表利用者もそれを特に意識しなくても表示・分析できるツールが一般化するようになると、財務諸表分析の敷居は一気に低くなり、より一般的になる可能性があります。複数企業・複数年度の会計データであっても、当該企業・年度のXBRL形式の会計データをダウンロードし、これを分析ツールに読み込ませるだけでクロスセクション・時系列の財務諸表分析が可能となるのです。組織間の財務情報のやりとりの場面においても、財務データの授受が電子化されると、与信者、監査人、監督機関等を巻き込んだ財務情報のサプライチェーンが構築されることとなります。将来起こりうる、財務諸表の利用のされ方の変化はもう一つの「会計ビッグバン」となるのかもしれません。

(なお、本稿で触れたXBRLは財務報告を主として扱うXBRL FRと呼ばれるもので、これは企業内の会計データの形式は問題としておりません。企業内の会計記録そのものもXBRLで記述しようとする活動があり、これはXBRL GLと呼ばれています。)

参照文献・サイト

Copyright © 2007 , 清水泰洋

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