ドル安・ユーロ高
大竹 邦弘
一度掲載したら3ヶ月間更新のない本欄で為替問題を取扱うには注意を要する。筆者は当初、「ドル安・円高」という題名での執筆を考えていたのだが、執筆中に円高が止まり円安に転じたため、急遽、題名を変更した。それにしても近年のユーロは強い。99年1月1日発足時の1ユーロ=1.18ドルから00年秋の0.85ドルを割込むまで下がり続けたものが反転。01年0.90、02年0.95、03年1.13(以上年間平均)と回復を続け、04年1月には1.29の高値を記録し、2月末も1,25と高水準である。
国際通貨の水準を決定の要因は、短期は投機資金も含めた当該通貨の需給関係、中長期は当該国の基礎収支、外貨準備高、財政収支、景気動向、金利水準、国内総生産等の総合経済力と言われるが、ユーロ高は域内人口3億人というユーロ圏経済への信任を意味する。
ユーロは02年1月、EU加盟国15カ国中の英国、デンマーク、スウェーデンの3国を除く12カ国で使用開始となり、同年3月、独マルク、仏フラン、伊リラ、西ペセタ等地域通貨が使用停止となった。ユーロ圏は、人口が米国の1.1倍、日本の2.5倍、国内総生産6兆6千億ドル(米国の4分の3、日本の1.5倍)という巨大な単一通貨圏であるが、本年5月1日、チェコ、エストニア、キプロス、ラトヴィア、リトアニア、ハンガリー、マルタ、ポーランド、スロヴェニア、スロヴァキア10カ国のEU新規加盟が予定され、然るべき措置の後には、人口数約8千万人というユーロ圏拡大が見込まれる。
上記の新規加盟国のいずれも「国民所得(一人当り)がEU加盟国の平均を大きく下回る」ことは、短期的にはユーロ相場の撹乱要因であるが、「域内所得較差」並びに「所得較差を反映した物価較差」は、中長期の経済成長要因である。「強い通貨を具えた高所得国」が高い水準に消費活動を営み、「低中所得国」が自国、並びに、高所得国市場向けの生産活動を積極的に営むという経済成長の図式は、「双子の赤字」「グローバリゼーション」に象徴される米国経済を中心とする現代経済にのみ限られた現象ではない。歴史学者ブローデルの影響を強く受けた経済学者ウォーラーステインは、近代資本主義発生の起源を大航海時代のハプスブルグ帝国の大散財に求めているが、カルロス1世(エスパーニャ国王、神聖ローマ帝国皇帝カール5世)、フェリペ2世(エスパーニャ国王兼ポルトガル国王フェリペ1世)の両国王の親子2代80有余年にわたる散財は天文学的水準である。
両国王がフランス、トルコ等の列強諸国との覇権争いのために自国領内で生産された大量の金銀(16世紀前半は南ドイツとボへミヤ産の銀、16世紀後半は新大陸産の金銀)を大散財(フェリペの時代に何度も債務支払停止を行っている)したことが、信用制度が未発達のため決済用貨幣不足から停滞気味であった欧州経済に活力を与えたという。
20世紀後半の世界経済は、米ドルの増刷に依存して発展してきたが、世紀の変わり目に誕生した通過ユーロは21世紀の世界経済発展に必要な国際通貨の新供給源である。ユーロと米ドルという二頭立て体制の運営が上手く行われれば、世界経済の更なる成長・発展が期待できるのだが、気がかりなのは「地球環境問題」である。持続的成長を可能とするような環境問題の解決策が求められよう。
Copyright © 2004, 大竹邦弘