戦略的人的資源管理(Strategic Human Resource Management;SHRM)

平野 光俊

企業の内部要因を持続的競争優位の源泉とみたてる資源ベース視点の戦略論(resource based view)の影響を受けて、アメリカで戦略的人的資源管理論(SHRM)が隆盛だ。内部要因とは企業のなかに蓄積されている特殊な資源のことであり、企業が統制しているあらゆる資源、能力、組織特性、知識などを指す。これら特殊資源の模倣が困難であればあるほどライバル企業はその資源を獲得できない。つまり不可視性が高く容易に真似できないから企業の競争優位は持続する。なかでも人材の労働意欲を引き出しながら能率を高め(作業能率促進機能)、経営目標との一体化を図り(統合機能)、経営環境や組織構造の変化への柔軟な対応を準備する(変化適応機能)という3つの機能をもつHRMのシステムは、業績管理や品質管理あるいは製品開発や運営システムなど企業内部のさまざまなシステムと深くかかわって存在しているから不可視性が高く模倣が難しい。

このようにHRMを競争優位の資源として注目するSHRMの論考は(a)高業績を生み出すHR施策は普遍的であるとする「ベストプラクティス・アプローチ」、(b)戦略のタイプに応じて有効なHR施策は異なるとする「コンティンジェンシー・アプローチ」、(c)戦略とHR施策の適合性とHR施策間の一貫性の両者を含めた「コンフィギュレーショナル・アプローチ」の3つである。実務への応用をイメージすれば(a)エクセレントカンパニーのHRMの研究と学習、(b)表裏一体の関係にある戦略とHRMの適合的な再設計、(c)および人事施策間の内的一貫性を追求していかなければならないことになる。

日本でもこのようなSHRMの考え方は実務に応用されつつある。近年、多くの日本企業がいわばこれまで戦略と切り離されて安定的に存在していた人事制度を戦略と連動させながら見直している。たとえば事業戦略が異なるビジネスユニットごとに異なる人事制度を導入したり、人事制度全体の内的一貫性を再設計するために基幹システムである社員の格付け制度を改革(具体的には職能資格制度から職務等級制度へ転換)したりしている。

その背景は、第1に企業戦略(corporate strategy)、具体的にはドメインの再定義と資源展開の転換によって新たな事業戦略(business strategy)と組織戦略が採用されることにある。第2にこれらの戦略に応じてこれまでとは異なるタイプの人材ないし役割行動が必要となることにある。第3に彼(女)らを適切に動機づける新しいインセンティブの構造化が要請されることにある。したがって、実践的な企業のSHRMの主題は、これまで存在していた職務の組み合わせではなく、事業戦略ないし組織戦略に連動して創出される新しい職務を遂行する人材のスペックを定めて供給するとともに経営目標へのコミットメントを高めるインセンティブ・システムを設計していくことにある。

その際、対象となる主要な人材タイプをポートフォリオ的に描けば、(1)戦略の形成をになう「経営者人材」、(2)戦略から導出される課題の解決をになう「専門職人材」、(3)課題を遂行していく「課題遂行人材」の3つにイメージできる。中でも課題は経営者人材と専門職人材の「育成」を促す人材育成システムと「定着」を促すhigh-powered インセンティブ体系(自分自身の努力のリターンの大部分を受け取る仕組み)の導入にある。というのは、日本企業は現場(課題遂行人材)の強さに比較して、経営者層(事業部長クラス)の戦略性の弱さが指摘され(育成問題)、また職務の専門性の高まりにともなって専門職層のスキルの汎用化と高度化が要請(育成問題)されているからだ。しかも両者の市場価値は高いからその定着に注力する必要がある(定着問題)。近年、コア人材という言葉が頻繁に使用されるが暗黙的にはこの2つの人材タイプが想定され、かつ戦略的に処遇しようとする意図が含意されていよう。

それゆえこれからのSHRMの重点は次の3つにまとめられる。第1に戦略の形成・解決をになう経営者人材と専門職人材の要件定義、調達、育成、定着を図る「戦略人材」のマネジメントの強化。第2に戦略に連動して創出される職務、人材、報酬の最適結合を図る「戦略人事」のマネジメント、具体的にはインセンティブ・システムの再設計。第3に戦略の策定と推進に貢献する戦略部門としての「人事スタッフの役割変容」である。

Copyright © 2003, 平野光俊

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