情報開示のジレンマ

定兼仁

企業が大きな不確実性を伴う意思決定を行う場面では、意思決定の質やスピードを高めるために、コンサル等の情報源に頼ることがある。新事業開発や投資、技術提携など、不確実性の高い意思決定ほど、情報の質が成果を左右する。しかし皮肉なことに、情報提供を受ける側からは、その「情報の質」を事前に観測することは難しい。情報を持つ側が事前の情報提供を控えると、相手はその価値を判断できない。一方で、情報をそのまま開示してしまえば、取引が成立する前に、自身の情報源としての価値が失われる可能性がある。情報は一度共有されると、排他的な資産ではなくなるからだ。つまり、情報をサービスとして提供する側の立場に立つと、「自分が有益な情報源であることを示したい」という誘因と、「重要な情報はなるべく事前には開示せずにおきたい」という誘因が同時に存在する。本稿では、この二つの誘因が拮抗する状況を「情報開示のジレンマ」と呼ぶ。

このジレンマは、コンサルティング、M&Aアドバイザリー、投資助言、研究成果の事業化提案など、幅広い場面で観察される。例えばコンサルの場合、企業に対して「我々は有益な情報源である」と示すために、本契約前から一定の初期的な分析や仮説の提示を行うことが多い。問題の構造化や仮説の方向性、評価軸の整理などを提示することで、意思決定に必要な情報整理能力や思考プロセスの質を伝えようとする。しかし同時に、最終的な結論や決定的な示唆を出しすぎることは避けられる。なぜなら、契約前にそれらを開示してしまうと、企業は追加的な対価を支払う理由を失うからである。これは営業上のテクニックというよりも、情報が持つ経済的性質に由来する合理的な行動である。

重要なのは、実務で行われている事前の情報開示の主目的が、「情報そのものの提供」ではなく、「情報を生み出す能力のデモンストレーション」になっている点だ。情報源としての質にばらつきがある市場において、決定的な情報を開示することなく、自身が有益な情報源であることを示す必要があるからである。どの論点を重要とみなすか、どの評価軸で意思決定を行うべきかといった情報整理・思考の枠組みは示されるが、その枠組みを用いて導かれる最終判断は意図的に残される。この「途中まで見せる」開示こそが、ジレンマの均衡点となる。

企業側の視点に立つと、この構造を理解することは重要である。契約前に大量の、あるいは詳細な情報が提示されることが、必ずしも相手の価値を意味するわけではない。事前の提案に臨む際には、提示された情報量そのものではなく、限られた情報の中でどれだけ的確に問題が整理され、相手の情報源としての価値が示されているかに焦点を当てるべきである。情報を収集し整理するプロセスこそが、将来の価値を示すシグナルとなる。このような視点で情報を観察することは、日常生活においても有用である。うまい投資話に踊らされないようにするためには、情報発信者を情報源としてどの程度信頼できるのかを見極める必要がある。

情報開示のジレンマは、特定の業界に固有の話ではない。不確実性の高い環境で知識や洞察が取引の対象となる限り、避けては通れない構造である。相手に自身の持つ情報の価値を伝えつつ、情報そのものは守る。この微妙なバランスの上に、多くの取引関係は成り立っている。

本稿は、一橋大学の辻田智基氏との現在進行中の共同研究プロジェクト “Value of Demonstration” の内容を解説したものである。論文に関する情報は、順次こちらに掲載する予定である。

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