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「見える化」ブームの功罪

松嶋登

近年「見える化」というキーワードがブームになっている。もともとトヨタの生産管理に端を発したこのキーワードは今や様々なビジネスシーンで利用されているが、そのエッセンスは(1)経営上の問題を可視化して特定することと、(2)可視化された問題を現場の改善的取組みを通じて解決することにある。

試しに日経テレコンで「見える化」のキーワードを検索してみよう。2007年3月8日現在、全記事検索で178件ヒットする(明らかな検索ミスを除く)。記事は2004年から現れ、2005年10月にローランド・ベルガー取締役会長(早稲田大学大学院教授)の遠藤功氏による『見える化: 強い企業をつくる「見える」仕組み』(東洋経済新報社)が公刊されて爆発的に増える。しかし、ここではこのようなキーワードのブーム化に対して警鐘を鳴らしておきたい。

なぜなら、ヒットした記事の中で上記の2点のエッセンスに何らかの言及があると思わしき記事は、筆者が見たところ僅か37件にすぎなかったからである。その主な原因は「見える化」に言及する多くの記事がITベンダーによる宣伝文句として利用されていることにある。筆者が見たところ実に93件が、「各種情報による見える化を実現します」「見える化を通じたソリューションを提供します」とする宣伝文句で埋め尽くされている(また、21件が単なる合理化・効率化手法の紹介に留まっている)。

すぐにお分かりになると思うが、彼らが考える「見える化」とは、(1)何らかの尺度に基づいてデータを提供すれば経営上の問題が明らかになり、(2)そのことによって必然的に問題が解決するというシナリオに基づいている。それは「見える化」のエッセンスを骨抜きにしているものに他ならない。

(1)第一に、「見える化」とは、何でもかんでもデータ化すれば良いというものではない。また可視化すべきものを誰か外部のスペシャリストに求めるという筋合いのものでもない。ここで重要なのは自らの経営上の問題に対して仮説を立て、その仮説に対して何を可視化すべきかをきちんと考え抜くことである。

例えば、コンビニエンスストアは、何を可視化すべきであろうか?製品の売れ残りや売れ筋製品の把握。もちろん、これは物流業界においては最も重要な経営課題のひとつであろう。最近ではam/pmジャパンの「リコメンド発注システム」のように販売データを重回帰分析やトレンド分析にかけ、より高精度な予測を行うシステムも開発されているようである(日経産業新聞2006年11月21日1ページ)が、基本的発想はPOSなどによって古くから取り組まれてきたことである。これに対してセブン-イレブン・ジャパンが「見える化」のモデルケースとしている店舗は、このような発想とは全く異なる(日経流通新聞2007年2月26日9ページ)。彼らは、より精密な販売予測を可能にする情報システムを導入しているわけではない。彼らの取組みは「店の前に置く灰皿の位置」「トイレやバックヤードのあるべき姿」などを写真と共に貼り出していくことに過ぎない。しかし、ここで重要なのは、これらの問題点の洗い出しは、実際に店舗で働くアルバイト店員たちによって徹底的に検討されていることであり、さらにその背後には「自分は口下手である」ことを自認し、アルバイト店員の引継ぎに課題を抱えていたオーナーの問題意識が根ざしている。

(2)第二に、「見える化」によって明らかになった問題の解決方法は自明なものではなく、現場で働くスタッフの積極的な関与が必要になる。これは単なる精神論ではなく、「見える化」によって明確化された諸問題には、職務慣行や複雑な役割関係に根付いた組織的課題が伴っているからである。

例えば、研究開発組織における「見える化」は、どのような解決方法を取りうるであろうか。研究開発の収益性評価に対する取組みとして、クラレの事例がある(日経産業新聞2005年10月6日22ページ)。同社は、研究開発プロジェクトの収益性を評価するために、プロジェクトをトータル費用、期待売上高、利益率などから尺度化する。そのうち期待売上高が10億円以下のテーマを全て見直し、前年比伸び率に基づいてその継続を審議するという。このように同社の「見える化」による解決は、トップダウンで審判される(ただし、審判後4ヶ月以内は異議申し立てる敗者復活の機会が与えられている)。対照的な取組みとして、富士フィルム先進研究所の事例がある(日本経済新聞2006年4月17日2ページ)。同研究所の取組みは、研究者が研究成果に基づいた工作物を自由に展示して、研究所内の研究者や外部の一般外来者にも見せ、そこからヒントになる感想や意見を引き出そうとするものである。つまり富士フィルム先進研究所の「見える化」とは、これまで異分野の専門家同士(ましてや一般外来者)と接する機会が滅多になかった研究開発組織における境界を越えた対話を促すものであり、その解決には開発組織のあり方やそこで働く人々の職務慣行を再編成することを伴う。クラレの事例は研究開発に対する投資戦略としては有効であろうが、富士フィルム先進研究所の事例のように組織的課題を克服した研究開発に繋がることは決して期待できないであろう。

このように、我々は「見える化」のブーム化と共に見過ごされつつあるエッセンスを再確認しなければならない。また「見える化」のツールとして情報技術に全く意味がないというつもりはない。ただし、それは可視化すべき問題がITベンダーによって設計され、システムの導入によって即座に解決が期待されるようなものではない。情報技術は、現場の仕事のなかでの利用を通じて経営上の問題点を明確化し、さらにその問題に根付いた組織慣行や役割関係を改めて見直す限りにおいて、強力な「見える化」のツールとなりうる。このような原理のもとで進む実践を、筆者は「現場の情報化」と呼んできた(松嶋登2002年「現場の情報化:仕事実践のなかで利用される情報技術の組織的意義」神戸大学大学院経営学研究科博士論文、ほか)。

 
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