市場を操る
シェアリング・エコノミー(Sharing Economy)という言葉ですが、最近耳にしたことがある方も多いかもしれません。簡単に言うと、財やサービスを“所有”するのみではなく、“共有(share)”しながら活用しようという近年の動きを指す言葉です。例えば、Airbnbは家や部屋を余らせている人と、短期利用目的で部屋を探している人をマッチングするためのプラットフォームです。旅行・出張先で、ホテルに宿泊するのではなく、赤の他人の一室に宿泊するといったものです。また、カーシェア・サービスもシェアリング・エコノミーの一例です。使わずに駐車場に眠っている車を、短時間だけ他人に貸し出すのです。そのような需要と供給をマッチングさせるサービスとして、他にもゲットアラウンドなどのサービスがあります。
これらのように物を単純に共有するだけでなく、労働力などのサービスの共有を目的としたプラットフォームも多数存在します。例えば、UberやLyftは、タクシーを利用したい人と、空いた時間でタクシー業務をしたい人(既存のタクシー業者も含む)をマッチングさせるアプリです。これらのアプリに登録しておけば、空いた時間に自家用車を使ってタクシー業務をおこない、小遣い稼ぎをすることも可能です。TaskRabbitは、労働力の需給をマッチングさせるアプリの一例です。引越しや部屋の大掃除を手伝ってもらいたいときに、このアプリを使用すれば、希望の日時に時間と労働力を持て余した人を雇うことが可能になります。
上記で紹介したものだけでなく、現在も非常に多くのシェアリング・エコノミー・ビジネスが誕生しています。それらに関する最新の情報やその動向をまとめた書籍として、下記の2冊をオススメしたいと思います。
1. アルン・スンドララジャン(著)/門脇弘典(訳)『シェアリングエコノミー』 日経BP社 2016年
2. レイチェル・ボッツマン/ルー・ロジャース(著)『シェア<共有>からビジネスを生みだす新戦略』 NHK出版 2016年
『シェアリングエコノミー』の著者であるスンドララジャンは、ニューヨーク大学スターン・スクール教授です。そのため、若干アカデミックな雰囲気漂う文章構成となっている印象を受けます。その意味では、ボッツマンとロジャースによる『シェア』の方がより一般的な読者を想定したものですが、どちらも事前の知識なしでも読み進められるようになっています。
さて、このシェアリング・エコノミーはどこが新しいのでしょうか?財やサービスは“企業”によって提供されることが一般的でした。しかし、シェアリング・エコノミーの誕生によって、“消費者”だと思われていた一般の人々も、自身の保有する財やサービスを他人と共有することによって、財・サービスの提供者にもなりうるのです。このことは、我々の消費行動にも大きな影響を与えるでしょう。それと同時に、企業の戦略に対しても、今後大きな変革が必要となることを意味します。
では、人々の間での直接取引が新しいのか?と言われると、少し違います。本来、人々の間での売買取引は、直接取引からスタートしました。そして、それは近年まで何百年も続いてきたのです。例えば、20世紀初頭のアメリカでさえ、賃金労働者のほぼ半数が自営業者だったと言われています。しかし、ある特定の財の売手と買手がうまくマッチングすることは、時間的・地理的な問題など様々な理由で簡単なことではありませんでした。そのようなマッチングの困難性を埋める役割を担い始めたのが商人の存在です。各地の供給者から財を買い集めて、それを需要者に再販売・転売する役割を担い、その対価として利鞘を稼ぐようになりました。このような需給のマッチングの合理化を、さらに追求した結果が“企業”の誕生です。その結果、1960年には自営業者の割合が15%以下にまで急激に減少しました。つまり、財やサービスが本格的に“企業”によって提供されるようになったのは、ここ100年余りの話です。これらに関しては、以下の書籍が参考になるかもしれません。
3. ジョン・マクミラン(著)瀧澤弘和・木村友二(訳)『市場を創る バザールからネット取引まで』 NTT出版 2007年
4. 横山和輝(著)『マーケット進化論 経済が解き明かす日本の歴史』 日本評論社 2016年
企業による財・サービスの提供が主流となっている現在の社会構造は、歴史的にはわずかな期間しか観察されていません。シェアリング・エコノミーによって、これまで商人・企業が担ってきた需給のマッチングをいとも簡単に行えるような場所が提供されてしまいました。もちろん、それを可能にする技術的進歩のおかげですが、これによって人々は容易に需給のマッチングを達成することが可能になり、人々の取引形態はもとの形に戻るだけかもしれません。
しかし、シェアリング・エコノミーにおける取引は、従来の直接取引と異なる点もあります。それは、需給のマッチングを促進するためのプラットフォームが、利潤最大化を目的とする企業によって提供されている点です。各プラットフォームは、自身の利益を得るために利用料金を調整しています。例えば、Airbnbの場合、部屋を貸した人がAirbnbに支払う手数料は3%で、借りた人が支払う手数料は6~12% (宿泊料金に応じて変動)です。このように、利用手数料を調節することによって、人々の間での取引を促進し、より多くの利益を得ることを目標としています。これは、古来より存在した市場(いちば)での直接取引などとは異なる特徴です。もしかすると、企業は市場で活動する一主体から、『市場を操る』主体に変化していくのかもしれません。その場合、各企業の戦略はもちろんのことですが、それらに対する規制のあり方などにも今後大きな変化が訪れるかもしれません。
最後に、シェアリング・エコノミーは、他にも協働型消費やクラウドベース資本主義などと呼ばれることもあり、まだ統一的な定義や見解が定まっていない印象もあります。しかし、これから益々成長することが期待されている注目のビジネスモデルであることは、統一された見解だと言っても問題なさそうに思えます。
Copyright © 2017, 善如 悠介