ダイバーシティと協働

庭本 佳子

近年、人的資源管理論の領域で頻出するトピックの一つに「ダイバーシティ・マネジメント」がある。今回、ダイバーシティ・マネジメントに関する諸問題を考察するための基礎理論として、「研究スタッフが選ぶ、オススメ図書」に挙げるのは、チェスター・I・バーナードの主著『経営者の役割(1938年、新訳1968年)』である。ダイバーシティ・マネジメントという今日的なテーマにおいて、あえて組織論・管理論研究に多大な影響を与えてきたこの古典を挙げるのは、些か突飛であるように思われるかもしれない。しかし、「本学の社会人大学教育に関心をもっていただいている方々」であれば、是非とも手にとっていただきたい一冊である。

ダイバーシティ・マネジメントをめぐっては、人材の多様性やダイバーシティ施策の観点から細やかな議論が展開されている。「女性」、「外国人」、「中途採用者」、「高齢者」といったカテゴリーごとに、処方的な施策も次々と提示されている。しかし、人材が多様であればあるほど、組織活動は困難になるだけではないのか。そもそも、何か一つの目的に向かって、価値観も文化も異なる個人が協働しうるのだろうか。こうした疑問は、ダイバーシティ・マネジメントの議論の根底にあるはずなのだが、目を向けられることはあまりない。

バーナードによれば、組織は「2人以上の人々の意識的に調整された活動ないし諸力のシステム」(75頁)である。さらに、バーナードは、「協働や組織は、観察、経験されるように、対立する事実の具体的な統合物であり、人間の対立する思考や感情の具体的統合物である」(22頁)という。多くの含意がある記述なのだが、ここで注目したいのは、この組織定義によれば、個人は組織の構成要素ではないという点である。

組織活動を実際に担っているのは人間であるので、この定義に違和感を覚える人もいるであろう。バーナードは、人間を2つの側面―1つは純粋機能的な側面としての組織人格、もう1つは人間存在としての個人人格―から捉えることによって、この疑問に応える。組織を構成する諸活動は、組織人格と一体の営為であり、組織での役割によって規定されるいわば非人格化されたものである。他方、人間は個人としてそれ自体が尊重される自律的存在でもある。個人は、文化や価値観それぞれに多様で差異がある主体であり、組織にとっては様々な配慮を払うべき環境的存在なのである。

組織の中に個人を含まない。そうすることで、人材の多様性、個人の全人格的な主体性が担保される。これを前提として、組織は多様な人材からの貢献を導き、彼らの協働を実現させていかなければならない。人間が組織人格として振る舞う時、個人人格はなりを潜める。しかし、人間のこの2つの側面は、どちらかが現れるときにはもう片方は潜在化しているのではあるが、常に同時的に存在している。ここにおいて、組織価値や組織規範に対する個人の葛藤、さらには協働過程で生じる個人間のコンフリクトが描き出されるのである。

ダイバーシティ・マネジメントは、多様な人材を確保して終わりなのではない。多様な人材が自律的に意思決定を行い得る一方で、個人内あるいは個人間でコンフリクトを起こしつつも組織の活動として調整されていく。バーナードの『経営者の役割』とりわけ氏の組織定義と人格規定は、このような「個人」と「組織」のせめぎ合いにも見えるバランスから、ダイバーシティ・マネジメントを捉え直す視座を与えてくれる。

『経営者の役割』は、記述が抽象的なこともあって難解であるともいわれる。『経営者の役割』に展開されているバーナードの理論体系を紹介した書籍として、藤井一弘編著(2011)『経営学史叢書 バーナード』がある。こちらも、オススメ図書として推薦しておく。

オススメ図書のリンク(神戸大学附属図書館)
  1. Barnard, C. I.(1938)The Functions of the Executive, Harvard University Press(山本安次郎・田杉 競・飯野春樹訳『新訳 経営者の役割』ダイヤモンド社、1968年).
  2. 藤井一弘編著(2011)『経営学史叢書 バーナード』文眞堂。

Copyright © 2017, 庭本 佳子

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