2015年度加護野論文賞 最終審査結果
第八回加護野忠男論文賞選考結果について
2015年度加護野忠男論文賞の最終選考会と表彰式は、2016年3月26日に神戸大学にて開催されました。
この選考については、流通科学大学学長の石井淳蔵氏、フェリシモ代表取締役社長の矢崎和彦氏、プレジデント編集長の鈴木勝彦氏を選考委員に招き、加護野忠男教授を交えて、和やかな雰囲気のもと審議が進みました。本年度の選考委員には、学術界、産業界、出版界の3つの領域から、オリジナリティの高い活動で日本をリードしておられる方々に参加いただいています。
最終選考では、候補の3つの論文を順位付けし、金賞、銀賞、銅賞の受賞論文を決定します。3論文については、例年にも増して優れており、甲乙つけがたいとの評価を得ました。「働きながら学ぶ高度専門職能人が取り組むべき研究を、高度な水準で達成している」との視角から、以下のような選考結果となりました。
残された課題としては、3つの論文に共通して、社会性を意識した文章表現の改善が求められました。タイトルの吟味をはじめ、本質を押さえつつ、わかりやすく伝える工夫がまだ不十分のようです。いかに優れたアイデアでも、伝わらなければ、普及しません。今回の3論文にかぎらない、神戸大学MBA全体に共通する課題であるように思われます。
文責:2015年度MBA教務委員 栗木 契
受賞論文
- 金賞:飯田 宏道氏
『新興国ボリュームゾーン市場参入に向けた品質基準見直し時に直面する文化的コンフリクトへの対応に関する事例研究』 - 銀賞:前田 健児氏
『シェアードサービスの功罪と導入メカニズムの究明-知財シェアードサービス事例に基づく考察-』 - 銅賞:舟木 俊治氏
『リアル・オプション法による早期開発段階の医薬品事業価値評価―売上高営業利益率の改善-』
審査委員
甲南大学特別客員教授 加護野忠男氏
流通科学大学 学長 石井淳蔵氏
プレジデント 編集長 鈴木勝彦氏
株式会社フェリシモ 代表取締役社長 矢崎和彦氏
神戸大学大学院経営学研究科スタッフ
講評
受賞者の方々、おめでとうございます。
われわれ審査委員のところに、2015年度の上位3点の修士論文が寄せられました。私はこれを読んで、どの論文がトップになってもよいと思いました。レベルの高い修士論文が今年は3つ集まり大変喜んでおります。
逆に、喜んだのはよいのですが、言い換えれば甲乙つけがたい中から順序をつけるのは大変難しい。どうしても、ミカンとリンゴのどちらがおいしいかという好みが入ってしまう。今回の結果については、順位はあまり気にしないでいただきたいと思います。
まず金賞ですが、飯田さんの書かれた「新興国ボリュームゾーン市場参入に向けた品質基準見直し時に直面する文化的コンフリクトへの対応に関する事例研究」。ずいぶんと長いタイトルでして、このタイトルの長さはマイナスです。しかし中身は非常によい。
どうも日本の企業には、皆さんの会社もそうだと思いますが、日本の会社には理屈ぬきに「品質は大切だ」という文化があります。調達する部品にも厳しい基準を設定している自動車会社が多いのですが、自社の基準では合格しないような部品を使って、それなりに走る車をつくる、それが技術だという発想もあってよいのではないか。
考えてみれば、よい部品を使ってよい車をつくることは、誰でもできるわけです。品質を上げるのはそれなりに難しいけども、下げることはもっと難しいといえるのかもしれません。たとえば、医薬の会社が食品をやるとだいたい失敗する。その最大の原因は、食品を医薬と同じ品質基準でつくろうとするからです。そんなことをすればコストは上がる。これを理屈では分かっていても、品質基準を下げるというのは、実際には怖くてなかなかできない。
これがまさに日本の企業が新興国のボリュームゾーンに参入するときの問題で、日本の品質基準が高すぎて合わない。その中で、どうやって品質基準を下げるかということを考えている会社はたくさんあります。しかし、これは非常に難しい。組織の中にさまざまな対立を引き起こすが、それは組織の試練にもなる。こうしたことを飯田さんは書いておられる。面白い会社の例も分析されている。ヒアリングが大変だったろうと私は思いますが、きちんと分析をされていてすばらしい結論です。
銀賞は、前田さんの「シェアードサービスの功罪と導入メカニズムの究明-知財シェアードサービス事例に基づく考察-」です。これは、ものすごく深くインタビューをされ、それをきっちりと分析をされた論文で、そこに好意が持てます。しかし、この論文もタイトルが長すぎる。もうちょっと短く「機能分社化の功罪」ということで議論できたのではないか。
皆さんの会社でも、人事の機能の一部を外へ出だして経費を抑える、あるいは知財オペレーションの機能を外に出すといったことをしておられるかと思います。前田さんは、それが本当にいいことなのだろうかと深く考えておられる。日本の多くの会社の社長に読ませたい素晴らしい論文だと思います。
しかし難しい。力が入りすぎている。論文というのは読み手に分かってもらわないと価値がない。審査委員の皆さんによれば、この論文は3回読まないと分からないということでした、ぜひ簡単なバージョンをつくっていただいて、一回でわかる論文にしていただきたいと思います。
銅賞は、舟木さんの「リアル・オプション法による早期開発段階の医薬品事業価値評価―売上高営業利益率の改善-」です。リアル・オプションという新しい意思決定手法をマスターして、活かそうとする意欲的な論文です。高度な手法を消化し、読みやすく表現していることもすばらしい。
この論文に難点があるとすれば、リアル・オプション法の採用の適否を、どのような指標で判断するかの見極めです。売上高営業利益率は、現在の事業運営の成否の判定によく用いられる指標ですが、これは今の結果にすぎません。医薬の研究開発における意思決定の成否は、15年~20年先に現れます。だとすると、医薬の研究開発を対象とした判断方法の適否の判定には、どのような指標を用いて行うべきか。これをもっとまじめに考えると、もっと説得力のある論文になったはずだと思います。
文責:加護野 忠男