2012年度加護野論文賞 最終審査結果

第五回加護野忠男論文賞選考結果について

受賞論文
審査委員

甲南大学特別客員教授 加護野忠男氏
社団法人経済倶楽部 理事長 浅野純次氏
日東電工株式会社相談役 竹本正道氏
神戸大学大学院経営学研究科スタッフ

講評

1989年に神戸大学にMBAコースの立ち上げる仕事を担当しました加護野でございます。お二人の実務家の方々からコメントを頂きました。非常に好意的なコメントだったと思うのですが、審査会でのご発言を聞かせていただきますと、失望を与えてしまったのではないかと感じております。

ストレートに私の印象を語らせていただきたいと思います。4つの論文を読ませて頂きました。読んでいるうちに、このままではMBAは発展しなくなるのではないかと思いはじめました。4つの論文を学者の卵の論文として見れば、すべての論文は非常に良い論文だと思います。しかし、これはMBAの人しか書けないような論文ではない、と感じたことも確かです。こうなったのは、指導した方に責任がある、と私は思いました。恐らく指導した教授連が自分の土俵へ入れて論文を書かせてしまったのではないかと感じたからです。教授連ではなく、MBAの学生諸君の土俵に教授連が入っていって論文を書く手伝いをすべきでした。

より具体的に言うと、このMBAコースを作ったときの基本理念が忘れられているのではないかと感じました。MBAコースを作ったときのスローガンは「井の中の蛙、天を知る」です。自分自身の足元の問題を深く考えていけば経営の本質的な問題についての洞察が得られるはずだという理念です。その洞察を世の中に伝えるのがMBA論文だというのが、神戸大学のMBA基本理念です。神戸にしかないものです。そのための様々な準備をしていくと、他の会社の事例分析や統計的分析は、表面的には参考になることがあるけれども、自分自身の問題を深く考えていく程には役に立たないだろうというのが我々の出発点でした。

お二人のコメントで気づかれたように、今回の審査対象となった4論文は、経営問題を学術的に分析するということで終わってしまっているのではないかと思います。分析はよくできていますが、自分自身のご経験をもっと深く掘り下げてほしかったと思います。自分自身の問題を深く掘り下げていけば、世の中の全ての経営問題に隠れている本質的な問題にぶち当たるはずですが、そこまでいってないと感じました。

今年入って来られた方々も聞いておられますので、今年入学の皆さんへの期待を語らせていただきたいと思います。ぜひ自分自身の問題を深堀りしていただきたい。その手がかりは、一般に言われていることと自分自身の経験との違いです。そこから気づいた本当の問題をMBAコースで学んだ枠組みをもとに定式化しなおし、その問題を深く掘り下げてご自身の洞察を得てほしいと思います。勿論、今回選ばれた論文は、論文として良い論文だったと言うことを改めていうまでもないことです。

神戸大学のMBAの受講者にしか書けない論文を書いてほしいというのが、私の期待です。この期待に応えるのは容易ではありませんが、それに挑戦していただきたい。ビジネスの経験を持たない学者志向の博士課程の学生にも。我々学者にも書けない、実務経験者にしか書けない本音の話をきっちり深堀して、なぜそうなるのかを考えてあたらしい洞察を得てほしいと思います。

今回の候補作とのかかわりで、具体例として会社統治の問題を考えましょう。世の中で言われていることと私自身の経験と違いを考えてみたいと思います。世の中では、よりよい会社統治のためには、独立社外役員が必須だといわれています。しかし、このルールは私の経験とは合いません。

私は2つの会社の社外監査役をしています。社外監査役として気づくのは、社外取締役の難しさです。社外取締役には十分な情報が届いていないからです。社外監査役だと、監査役会があって、そこで社内の監査役が色々教えてくれます。言い過ぎかもしれませんが、社外監査役は、スピーカーにすぎないのです。物事を判断するアンプの部分は社内監査役です。だから、発言にインパクトがあるのです。会社統治の向上を考えれば、監査役会を充実させる方が効果的です。それにもかかわらず、東京証券取引所が社外取締役を重視するのはなぜかというのが考えるべき重要な問題です。なぜこのようなことになってしまうのか。これこそが考えるべき問題です。今回の会社統治に関する論文では、問題がここまで掘り下げられていなかった。身近な問題について、新聞や雑誌に書いてあることと皆さんの経験との違いに注目して、本当の問題を掘り出し、その問題を解決する方法を考える。それによって得た洞察をMBAの修士論文としてまとめるという仕事をしていただきたい。