2021年度加護野論文賞 最終審査結果

2022年3月26日(土)に、今年度の加護野忠男論文賞の最終選考会と授賞式が開催されました。当日の天気はあいにくの雨でしたが、今年度新たに入学する約70名の新入生が見守る中、最終選考の発表、審査員による講評、受賞論文のプレゼンテーション、賞状授与及び記念撮影が、無事に対面で執り行われました。新型コロナウイルス感染症のために、昨年来さまざまなイベントがオンラインでの開催を余儀なくされてきたことを思い返すと、悪天候の中であれ、大学キャンパス内で対面で実施できたことは、大変喜ばしく思います。

今年度の最終選考会では、昨年度に引き続き、加護野忠男氏(神戸大学名誉教授)を審査委員長とし、出版界から石井淳蔵氏(碩学舎代表取締役)、学術界から中野常男氏(神戸大学名誉教授)、産業界から吉井満隆氏(バンドー化学代表取締役社長)をお迎えしながら、そこへ本研究科研究科長南知惠子氏と本文執筆者堀口真司が学内審査員として加わり、慎重かつ厳正な審査が実施されました。

最終選考では、学内の第二次選考で選ばれた3本の論文に対して順位付けを行い、今年度の加護野賞受賞論文における最優秀作品が選び出されました。今年度金賞に選ばれた論文に対してはどの審査員からの評価も高く、満場一致で金賞の座に輝くことになりました。主な講評の内容は、著者が論文の書き方を良く理解できていることが分かる、定量的分析に加えて定性的分析が行われており、実務から理論への貢献が見られる、とりわけ最後の締めの言葉が良かった、といったもので、全ての審査員が口をそろえて、論文としての完成度が高いと評価しました。

ただし、金賞論文が無批判に評価されたわけではなく、仮に仮説検証が成立していたとしても、その内容が自らが立てていた問いに対する答えとなっているのか、むしろ答えありきの分析になっていないか、結論が著者の経験に引き寄せられており、一読者としてこの結論には違和感が残る、など研究論文としての体裁を越えた、より深い問題意識との関係において、更なる論理的整合性を確保することの必要性が指摘されていました。このような指摘は、銀賞論文と銅賞論文に対する評価の中でも共通して見られ、せっかく興味深い研究テーマを選んでいるにもかかわらず、分析から結論へと至る過程で「腰砕け」の印象を拭えなかった、といった厳しいコメントが見られました。このようなご指摘は、今回の金賞、銀賞、銅賞論文に限らず、全ての論文執筆者にとって大変耳の痛いものであるとは思いますが、当初から抱いていた問題意識と、改めて真剣に対峙することの重要性が説かれているものと思われます。

最後に、毎年審査をお引き受けいただいている加護野先生からは「年々論文の質が上がってきている」との評価をいただき、今後、世代を経るごとに神戸大学MBAからますます良い論文が生み出されるような好循環が形成されつつあることを期待したいと思います。そうしたプロセスに対する新たな試金石をお築きになられた今年度の受賞者の皆様へ、心よりお祝い申し上げます。本当におめでとうございます。

文責:2021年度MBA教務委員 堀口 真司

受賞論文

  • 金賞:伊藤 俊介 氏(原田 勉ゼミ)
    「ハイテク・スタートアップにおける飛躍的成長の成功要因に関する研究」
  • 銀賞:渡瀨 小百合 氏(忽那 憲治ゼミ)
    「勤続年数が情緒的コミットメントに与える影響」
  • 銅賞:澤田 浩佑 氏(松尾 貴巳ゼミ)
    「職場における『嫌い』の研究~上司に対する『好悪』がコンフリクト発生時の行動に与える影響~」

審査委員

  • 神戸大学名誉教授 加護野 忠男氏
  • 神戸大学名誉教授 中野 常男氏
  • 株式会社碩学舎 代表取締役 石井 淳蔵氏
  • バンドー化学株式会社 代表取締役社長 吉井 満隆氏
  • 神戸大学大学院経営学研究科スタッフ

加護野忠男名誉教授(審査委員長)審査講評

3人の方々、おめでとうございます。まず、私の全般的な印象から言いますと、今年の3つの論文は、私が今までに読んだ論文賞候補論文の中で最高の部類だと思います。どの論文もこのまま、あと少し文章や構成を変えれば、本になるというので、碩学舎社長の石井さんに「これを出したらどうか。」と言いましたら、石井さんは「売れんとね。」と。私は出版の価値があるのではないかと思います。非常にレベルが高かった。以下、3つの論文について、それぞれコメントをさせていただきます。

まず、銅賞の澤田さんの「職場における『嫌い』の研究」。出版するときは、「職場におけるパワハラの研究」というタイトルにした方がもっとインパクトがあると思います。日本の企業では、すごく𠮟りますが、アメリカではここまで叱ることはありません。2種類の現場があり、一つはものづくりの現場です。ここで叱る理由は、ある程度わかります。叱らないと、手がなくなったり命がなくなったりする可能性のある場所ですから。もう一つは銀行や証券会社です。銀行や証券会社は、1円でも違うことが致命的なミスになる世界ですから。このリスクを考えれば、強く叱るということには意味があります。ではなぜ、そういうことが今パワハラとして問題にされているのか。またなぜ、それにもかかわらず、こういう組織では問題なしに進んでいるのか。こういったことを考えていけば良いと思います。また、もう一つ考えてほしかったのは、日常の言葉で「雨降って地固まる」とあるように、結局叱ってかなり決定的な対立が出てきた後、その2人の関係が一気に改善されるということが、現場ではあると思います。最近私が読んだ本の中で、小池和男の『強い現場の誕生』という、トヨタ自動車についての研究があり、彼はその本の中で非常におもしろいことを言っています。トヨタの強い職場は、じつは1950年代の厳しい労使対立の結果として生まれたと言っていますが、パワハラに近いようなことが起こった後、本当に強い職場が形成されることがあると思います。こういうことについて、もっと論じてもらいたかったと思います。

次は、銀賞の渡瀨さんの「勤続年数が情緒的コミットメントに与える影響」。彼女の研究もハイコミットメント型の企業の研究ですが、従業員の一体感を強めていくというハイコミットメント型の経営は、アメリカ流の考え方からすると非常に良い経営ですが、じつは日本でもそうだと思います。彼女の指摘しているのは、それは目の前を見れば良い成果を出しているが、それを長く続けているとまた新しい別の問題が出てくるということです。彼女の組織では、第一世代の人々はハイコミットメント型でやってきたけれど、最近そういう人々がぽろぽろ辞め始めている。なぜこんなことが起こるのかということについての分析も非常におもしろかった。これは、学者ではなかなか書けない研究だと思います。そういう意味でMBA論文らしい優れた研究だったと思います。

最後の金賞の伊藤さんの「ハイテク・スタートアップにおける飛躍的成長の成功要因に関する研究」。これは非常によかった。定量的な研究だけでなく定性的な研究がものすごくしっかりしていました。その結論も良いと思います。私は『エフェクチュエ―ション』という本を監訳し、石井さんの出版社から出したことがあります。この論文は、その2人のほっぺたを叩くような、非常に良い論文でした。エフェクチュエ―ションだけでは現象は見られませんという結論で、簡単に言うと、計画を立てて、そのとおり実行していくような通常の経営のやり方ではなくて、その都度チャンスがあればそれにのっていくという、こういう研究なのですが、学者からすると新鮮でした。しかし、それだけでは、やはりベンチャーはできませんというお話しで非常におもしろかった。学者ではなかなか書けない。是非これも石井さんの出版社から出してほしいなと思います。

今日いらっしゃっています新入生の方にも、是非こんな論文を書いてほしいと思います。経営学には定量的研究と定性的研究があります。定量的研究というのは、どちらかというと仮説検証で、定性的研究というのは仮説の発見です。私がMBAの人に期待をしたいのは定性的研究です。しかし、簡単に定性的研究をやれとは言えません。なぜなら定性的研究はものすごくリスクがあるからです。私も石井さんも大学院生時代は定量的研究をやっていました。なぜならこちらはリスクが少ないからです。しかし、定量的研究をやって、その結果を定性的に深く分析するという、今回の3人の方々の分析というのは良い手本になると思います。是非こういう研究を今年入ってきた皆さんにもしていただきたい。もちろん1年半で伊藤さんのレベルまでいくというのは大変だと思います。こんな人があまりたくさん出てきたら困ります。われわれの商売が成り立たなくなる。皆さんも是非そういう研究を心掛けていただきたいと思います。

 
受賞おめでとうございます!