堀口悟史 さん

堀口海運株式会社勤務 2005年度入学生 小川ゼミ

1. 『不合格』からの出発

2004年2月14日、私は神戸大学大学院 MBA プログラムの合格発表の掲示板に自分の受験番号がないことを確認しました。二次試験の面接で確かな手応えを感じていた私は、目の前の現実をなかなか受け入れられず、しばし呆然と立ち尽くしていました。併願受験し、すでに合格していた他大学院への進学も選択肢としてありましたが、あまりの無念さに『このままあっさりと諦めてもいいのか』と自問する中、家族や先輩からの叱咤激励に背中を押され、同日、再挑戦を決意しました。

2. 敗因分析

再挑戦にあたって、最初に行ったのは敗因分析でした。英語や小論文が課せられる一次試験を突破していた私は、『手応えを感じていた』はずの二次試験(面接)でなぜ不合格になったのか、最初は全く検討がつきませんでした。そこで悩んだ末に出した結論が『研究計画書の甘さ』でした。決して研究計画書の出来栄えが悪かったと当時は思っていませんでしたが、『神戸大MBAの要求水準はもっと高いところにあるのでは』というある種の仮説を立てたのです。その仮説の糸口としたのが、Research-Based Educationでした。文字通り、『研究に基礎をおいた教育』で、神戸方式の特徴の一つです。つまり、自分の研究計画書は、Research-Based Educationを標榜する神戸大MBAにおいては、『研究』と呼べるレベルに達していなかったのではないかと考えたのです。

3. 経営学研究とその方法論の理解

敗因分析の次に行ったのが、『経営学における研究とは一体何を意味し、それはどのようにして行うのか』を理解することでした。その際、参考にしたのが下記の文献でした。

  • 飯野一・佐々木信吾(2003)『国内MBA研究計画書の書き方』中央経済社。
  • 田尾雅夫・若林直樹(編)(2002)『組織調査ガイドブック』有斐閣。
  • 高根正昭(1979)『創造の方法学』講談社。
  • 古谷野亘(1988)『数学が苦手な人のための多変量解析ガイド』川島書店。
  • Yin, R. K. (1996) Case Study Research , 2 nd ed., Sage Publications. (近藤公彦訳『ケース・スタディの方法』千倉書房1996年。)
  • Strauss, A. and J. Corbin. (1990) Basics of Qualitative Research: Grounded Theory Procedures and Techniques , Sage Publications. (南裕子監訳『質的研究の基礎 ‐ グラウンデッド・セオリーの技法と手順』医学書院1999年。)

そして、上記の文献を読んだ結果、自分なりに次のような理解をしました。

  • 経営学における研究とは、経営事象の因果構造の解明である。
  • 原因と結果が仮説的に示せるのであれば、それらを測定可能な変数に変換し、質問票調査によって、定量的に因果関係を実証する。
  • 原因探索型であれば、インタビュー調査によって、定性的データを収集し、帰納的に因果モデルを導く。

この文脈に即して、自身の研究計画書を改めて見直してみると、全く『研究』といった次元に至っておらず、単なる『調査』といった類のものに過ぎなかったことがよく理解できました。

4. 先行研究のレビューと内省

経営学における研究とその方法論の理解に努める傍ら、併行して行ったのが自身の問題意識の深堀りでした。具体的には、先行研究のレビューと内省を繰り返すことによって、自身の職場における課題を『研究テーマ』に昇華させることでした。自らの問題意識は、いくつもありましたが、それらが経営学という学問分野においてどのような領域に位置づけられるのか、当時の私は全く理解していませんでした。そのため、まずは経営学の概要を知ることから始めようと考え、下記の文献を読みました。

  • 坂下昭宣 (2000) 『経営学への招待』 白桃書房。
  • 伊丹敬之・ 加護野忠男 (2003) 『ゼミナール経営学入門』 日本経済新聞社。

そして、上記の文献を読んだ結果、自身の職場における課題は、経営学における『組織論』にあると理解し、当該分野の教科書や基本的文献を読みました(下記参照)。

  • Robbins, S. P. (1997) Essentials of Organizational Behavior , 5th ed., Prentice-Hall, Inc. (髙木晴夫監訳『組織行動のマネジメント』ダイヤモンド社1997年。)
  • Daft, R. L. (2001) Essentials of Organization Theory & Design , 2nd ed., South-Western College Publishing. (髙木晴夫訳『組織の経営学』ダイヤモンド社2002年。)
  • 坂下昭宣 (2002) 『組織シンボリズム論』 白桃書房。

上記の文献には、自身の問題意識の琴線に触れる概念や理論がいくつかありました。そこでさらにその概念や理論に関する先行研究を、参考文献欄を頼りにレビューしました。これを何度か繰り返していると、先行研究レビューの対象は、ある段階から海外のアカデミック・ジャーナルに掲載された論文がその中心になりました。これらについては、下記 URL にて所蔵を確認の上、神戸大学や地元広島の私立大学の図書館で複写依頼をする等して取り寄せました。

上記のような形で先行研究レビューと内省を続けていくうちに、職場における課題をアカデミックな概念を用いて考えられるようになりました。そして、自身の問題意識を変数間の関係で示し、それを方法論と併せて提示できるようになった段階で、提出用の研究計画書を作成しました。敗因分析からここに至るまで約9ヶ月の時間を要しました。

5. 一次試験対策

1) 英語

英語については、大学を卒業してから約10年も遠ざかっていたので、当初は不安を感じていました。実際、過去問題を見ると、少なくとも大学入試レベルの英文より難易度は高いと感じました。そのため、初受験の年は、英語の勘を取り戻すために神戸大 MBA のみならず他大学院の過去問題にも取り組む等、相応の準備を行いました。しかし、再挑戦の年は、研究計画書の作成が全てであると考え、英語はあまり重要視しませんでした。既述の通り、先行研究調査で海外のアカデミック・ジャーナルを読んでいたのが、結果的には対策になっていました。個人的には、『MBA入試のための英語の勉強』というのは、全く無意味に近いと考えますが、経営学の概要理解を主目的としながら、併せて英語の速読トレーニングを行うという意味では、下記文献が有用でした。

  • Grant, R. T. (2002) Contemporary Strategy Analysis , 4th ed., Blackwell Publishing.

上記の文献は当時米国MBAに留学していた友人が大学院で教科書として使用していたものです。500ページを超えるボリュームですが、全体を通して比較的平易な英語で書かれており、戦略論の体系的な理解に役立つという友人からの薦めで購入しました。

2) 小論文

神戸大 MBA の小論文に関しては、過去問題を見る限り、経営学に関する専門的な知識の有無を問うようなものではなく、与えられたテーマに対して論理的で説得力のある文章を効率よく書ける能力が問われているという印象を持ちました。経営事象に対する洞察を深める意味で、 President Online の『ビジネススクール流知的武装講座』が有用でした。

また論理的思考の基礎を理解するために、下記の文献を読みました。

  • グロービス・マネジメント・インスティテュート(2001)『MBAクリティカル・シンキング』ダイヤモンド社。

6. ワークショップ

現代経営学研究所が催すワークショップに参加すると、神戸大 MBA の教員によるパネルディスカッションを見ることができます。内容も極めて充実しており、雰囲気を知る意味でも有用でした。私は個人会員として全てのワークショップ(年4回)に参加しました。

7. 最後に

言うまでもなく上記の対策は自身の体験を綴ったにすぎません。幸いにも入学を許されたものの、再挑戦の際に設けた既述の『仮説』が正しかったのかどうかは、今でも分かりません。実際、研究計画書を 1 日で書き上げて合格したクラスメイトも周囲に何人かいます。また、考え抜いて作成したつもりの研究計画書も、今はゼミ内でその深堀りの足りなさを痛感しているところです。さらに、経営学研究の幅の広さと奥深さについても、 Methodology の授業やゼミ活動を通じて思い知らされました。ただ、MBA入試は情報が少なく、私自身、どのような準備をすればよいのか全くの手探りの状態だったので、情報を求めている方に少しでもお役に立てればという思いで、できるだけ詳しく自身の体験を紹介させていただきました。

私の場合、1年の遠回りをしてしまいましたが、その甲斐あって今では、日本を代表する教員のもと、優秀で志しの高いすばらしき仲間と共に、自己の研鑽に励む毎日を送ることができています。神戸大MBAのプログラムは本当にタフで、睡眠時間を削りながら、膨大な課題に追われる毎日ですが、教員も院生もいささかも手を抜くところがありません。本当に自信を持って最高の環境と言えます。是非とも門をたたいてみてください。

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