2023年度加護野論文賞 最終審査結果
2024年3月30日(土)に、今年度の加護野忠男論文賞の最終選考会と授賞式が開催されました。今年度新たに入学する約70名の新入生が見守る中、最終選考の発表、審査員による講評、受賞論文のプレゼンテーション、賞状授与及び記念撮影が執り行われました。
今年度の最終選考会では、昨年度に引き続き、加護野忠男氏(神戸大学名誉教授)を審査委員長とし、出版界から石井淳蔵氏(株式会社碩学舎代表取締役)、学術界から長田貴仁氏(流通科学大学特任教授)、産業界から飯田豊彦氏(株式会社飯田代表取締役社長)をお迎えしながら、そこへ本研究科研究科長國部克彦氏とMBA教務委員原田勉が学内審査員として加わり、慎重かつ厳正な審査が実施されました。
最終選考では、学内の第二次選考で選ばれた3本の論文に対して順位付けを行い、今年度の加護野忠男論文賞の受賞論文における最優秀論文が選び出されました。今年度の金賞論文は、どの審査員からの評価も高く、ほぼ満場一致で選出されました。秦さんの論文は「建設業界において人材を定着させるにはどうすれば良いのか」という問いに対し、丁寧な聞き取り調査と質問票調査を組み合わせた検討を行いました。その結果、仕事への愛着(ワークエンゲージメント)だけではなく、仕事そのものの性質に対する理解の度合いが、人材定着に重要な役割を担っていることを突き止めました。建設業では、大きなプロジェクトを小さな業務に分業して担当します。その自分の仕事が、プロジェクト全体でどのような役割を担っているのかを深く理解することが、自分の仕事の面白さ、ひいては仕事の継続の鍵を握っているのです。これらの結果を、丁寧な調査に加えて、因子分析や重回帰分析などの分析手法を駆使して導いていること、かつそれが業界の問題解決に重要なヒントを与えていることが高く評価されました。
銀賞には「がん治療に高齢の患者自身の参加を促すにはどうすれば良いか」という問いに取り組んだ桐島さんの論文が選ばれました。便益遅延性というサービス・マーケティングのコンセプトを手がかりに、高齢がん患者と医療提供者を対象とした丁寧な聞き取り調査から、チーム医療が関係性便益や感情的便益を生み、その結果として患者の治療への参加が導かれることを明らかにしました。また、銅賞には「成果をあげている農協は、どのような経営をしているのか」という問いに取り組んだ竹村さんの論文が選ばれました。全国の農業協同組合の財務データを用い、データ包絡分析法という手法で分析を行った結果、「経済事業を中心に、農家組合員である正組合員の利用拡大に注力する」「金融事業に力を入れる」といった方法が、農協の成果と関連していることが示されました。いずれの論文も、方法論的にしっかりとした体系的研究が行われていること、現実の問題に対して意義のある結果を導いていることが高く評価されました。
これらの論文は、論文の形式面では、先行研究のレビューや方法論、分析、考察などアカデミックなスタイルを踏襲しており、学術論文としても高く評価されると同時に、実務当事者でなければわからない独自の視点から研究が進められている点において、リサーチベーストエデュケーションを標榜する神戸大学MBAプログラムの特徴がよくでた論文でした。
ただし、これらの3つの論文に共通する問題点として1点、指摘がありました。それは、方法論、研究の進め方はどの論文も申し分ないものの、それに比して結論はやや常識的なものであったという点です。しかし、各論文の水準は高く、金賞・銀賞・銅賞と順位付けしたもののその差は僅差であり、すべての論文が加護野賞に十分値するという判断となりました。
今年度の加護野忠男論文賞受賞論文は、2024年秋頃に書籍として出版される予定です。これらの論文は、国内のMBAプログラムで行われている研究成果の最高峰と言っても良いでしょう。MBAに関心のある方、実務で様々な問題を抱えている方にとって、多くのヒントを与えてくれるものになることは間違いありません。出版の折には、ぜひ手に取っていただけましたら幸いです。
文責:2023年度MBA教務委員 宮尾 学
受賞論文
- 金賞:秦 真人 氏(上林 憲雄ゼミ)
「建設業の人材定着マネジメント-建設業特有のものづくりプロセスと離職に関する研究-」 - 銀賞:桐島 寿彦 氏(原田 勉ゼミ)
「高齢者のがん医療における便益形成と治療への参加意欲を高める要因に関する研究 −便益遅延性に着目して−」 - 銅賞:竹村 誠 氏(藤原 賢哉ゼミ)
「農業協同組合におけるデータ包絡分析法による効率性分析と経営実態に関する研究」
2023年度加護野論文賞第一次・第二次選考通過論文はこちらからご覧ください。
審査委員
- 神戸大学名誉教授 加護野 忠男氏
- 株式会社碩学舎代表取締役 石井 淳蔵氏
- 流通科学大学特任教授 長田 貴仁氏
- 株式会社飯田代表取締役社長 飯田 豊彦氏
- 神戸大学大学院経営学研究科スタッフ
加護野忠男名誉教授(審査委員長)審査講評
審査は私だけではなく、多様な審査委員で行いました。私の元同僚の石井淳蔵先生、神戸大学MBAの大先輩である飯田豊彦社長、元神戸大学の教授であり、その前はプレジデント社という出版社の副編集長をされていた長田貴仁先生で3つの論文を読み、順位をつけました。神戸大学MBAで重視していることは、優れた修士論文を書いてもらうことです。新入生の皆さんには、どのようなものが優れている修士論文として評価されているのかを参考にして、ご自身のテーマを選んで頂ければと思います。
金賞の秦さんのテーマは、ご自身の会社での経験である、建設業の人材定着マネジメントです。建設業において、人を定着させるために必要なことについて、試行錯誤されてきた結果を分析されました。実際、それをもとにして、働く人々の心理的な特性をきっちりと書いており、このようなことが必要なのではないかというご提言をされていました。その提言のコンセプトは秦さんの会社だけではなく、多くの企業、とりわけ中小企業に役立つコンセプトになっているのではないかということが評価されました。神戸大学MBAの修士論文で重視するのは、足元の問題を深く考えていくことです。キーワードは、「世の中の蛙、天を知る」。「井の中の蛙、大海を知らず」ということわざがありますが、井の中の蛙は、他に見るところがないから、井戸の上を毎日眺めているうちに、宇宙の運行の法則を理解できるかもしれない、ということです。別にたくさんの色々な世界を見なくても、自分の足元にある問題を深く考えていけば、経営の本質的な問題についての理解が深まるということは、神戸大学MBAの修士論文の存在意義の一つです。これを秦さんは非常にうまくされています。
銀賞を取られた桐島さんは、がんにかかられた高齢者の事例を取り上げられました。今日の医学では、統計的なデータが重視されています。ところが、この論文は、少数の事例を深く考えていくことは統計的なデータよりも、本当の問題を理解する上で重要かもしれないということについて身をもって示されたものです。事例研究だけにこだわると、確かにリスクもあります。私自身の経験からすると、私の大学院の博士課程の恩師の奥さんががんになられて、ある大学附属病院に入院されました。たまたま私の弟がその附属病院の精神科で働いておりました。痛みがひどいので、精神科の医者もチームに入って、その奥さんを助けてほしいということになりました。弟によりますと、精神科の医者がやった事はほとんど効果がなかったそうです。ところが、奥さんがカトリックの信者になられて、洗礼を受けてから痛みが取れ、非常に落ち着いて安らかな死を迎えられた、ということを言っておりました。弟が言っていましたけれども、やはり医療でも信仰には勝てないこともあると。終末期の医療にはやはり未解決の問題がものすごくあります。その中で、患者自身の積極的な関与をうまく引き出す方法を考えることが必要だということが、この論文の鍵です。
銅賞は、竹村さんの農業協同組合についての研究です。竹村さん自身は、金融機関におられて、農業協同組合の金融事業は本当に今のままでいいのだろうかという問題意識を持たれました。金融事業だけでなく、農業協同組合の事業全般についてきっちりと分析をし、そして農業協同組合のこれからのあり方を探っていくことで、非常に面白い分析をされています。ここでは、データ包絡分析法というユニークな分析手法を使って、農業協同組合の財務データの分析をきっちりされているという意味で非常に高く評価されます。神戸大学MBAではこのように新しい手法をきっちりとマスターして、それを上手く使って新しい発見をしていく研究も、もちろん評価されます。新入生の皆さんも神戸大学MBAで新しい分析手法や分析枠組みを勉強し、自分自身の企業をはじめ、多くの事例に適用する姿勢で勉強を進めて頂ければと思いますので、これもご参考にして頂ければと思います。
3名の方々、受賞おめでとうございます。
後列左から 飯田氏、國部経営学研究科長、石井氏、長田氏
前列左から 桐島氏、秦氏、竹村氏、加護野氏