2019年度ポスターセッション MBA生のコメント

ポスターセッションについて 横山良平さん(所属ゼミ:髙嶋克義ゼミ)

Q1:MBA論文報告会(ポスターセッション)を終えての感想をお聞かせ下さい。

一年前、M1として参加した際に、「MBA生の溌剌とした解放感と自信に溢れる姿と、研究成果を見られるこの行事がMBA行事の中でも特に感慨深い」と鈴木竜太先生が仰っていたのが記憶に新しいですが、早くも自分たちの番が回ってきました。私がM1の際に前年度のポスターセッションに参加したときのことですが、分野の近い研究内容を発表されていたM2の先輩の野口様と一年前にこの場で知り合い、その後、何度もアドバイスを頂戴したりと今でも懇意にしていただいていますが、ポスターセッションは各自の研究内容と人とを繋ぐ、貴重な場でもあります。ぜひ、この機会を活かし、自身にとって興味のある研究との接点を持っていただきたいと思います。

今年のポスターセッションの様子は、M1の学生の他、発表者のご家族の方もいらっしゃり、大変な盛況となりました。発表者の表情には、卒論、厳しいコア科目やプロジェクトを終えた安堵感が見られ、最後の課題を乗り越えた同期やご家族の皆様が集まる場となりました。厳しいMBAの生活を乗り切るには家族の理解とサポートが不可欠ですが、MBAでの成果をご家族等の皆様にも披露するという点でも、とても貴重な機会になったかと思います。

ポスターには、発表者の個性が現れ、プロ顔負けの仕上がりのデザイン、カラフルなもの、図やグラフ、データを駆使したもの等、様々です。行列のできるラーメン屋と同じで、やはり、人が多く集まるポスターにはより多くの観客が集まる傾向にありました。また、身近な課題を扱った研究内容やM&Aのように現在の企業にとってトレンドの研究内容を扱ったポスターが比較的人気があったように見受けられました。

MBAでの一年半の学び、教訓の一つとして、「プレゼンテーターが思っている以上に伝わらない」、「場合によっては聞き手のバイアスで曲解されることもあり得る」ということがあります。ポスターセッションでは聞き手のバックグラウンドも様々ですし、論文のように一対一で読み手の時間を確保できるような場とも異なります。わかりやすい図表やキーワードを用いて、“いかに端的に”、“いかに正確に”、短時間で研究内容を伝えるか、ということの難しさを改めて実感しました。

なお、私は、発注したポスターが前日21時になっても届かない、というトラブルに見舞われ、発表日当日、朝6時にキンコーズに飛び込むという事態となり、ポスターの仕上がりの確認もまさにぶっつけ本番となりました。私以外にも同様の方がいらしたようです。論文の合格発表からポスターセッションまであまり期間もないので、ポスターの制作や印刷も前倒しで行い、発表日当日までに研究生同士で発表練習等をしておくと、余裕を持って挑めるかもしれません。

Q2:論文の執筆やポスターの準備にあたって難しかったのはどういった点ですか。

論文執筆にあたっては、“経営学”における論文とは何か、ということを理解するのが非常に難しかったです。また、ポスターの準備においては、約1年間に亘る膨大な調査結果や研究成果をいかに分かりやすく纏め、研究内容や意義を第三者に正確に伝えるか、という点が難しかったです。

髙嶋先生(指導教官)のご指導で、特に印象深いものとして、第一に、「一般論や教科書を目指すのではなく自分なりの課題と提言を行う」、第二に、「事実と意見・考察とを分け、事実については必ず論拠を示す」ということがあります。この二つのご指導は、私が経営学の論文を執筆するにあたって欠かせない要諦となっており、それ以前は論文ではなく、単なる情報の寄せ集め、レジュメやコラムに過ぎなかったと痛感しています。

前者の独自の課題と解決策の提言については、経営分野の基本書等に書かれているような、「一般的な課題」と「一般的な解決策」ではなく、これらからベクトルの離れた、独自の「自分なりの課題」と「自分なりの解決策の提言」を見出すことが大事であると学ばせていただきました。「自分なりの課題」に対して「自分なりの提言」を訴求するということは、私をはじめ、多くのゼミ生が最後の最後まで対面した課題だったのではないかと思います。「自分なりの課題」に対して、「一般的な解決策」を当てはめるのでもなく、「一般的な課題」に対して、「自分なりの解決策」を提言するのでもありません。日頃抱えている企業や業界の経営課題、先行研究で明らかにされている事項等を起点に、独自の課題を設定し、参考文献・資料や事例の研究を踏まえて、独自の解決策の提言を “論理的”に導出する作業が求められます。

髙嶋研究室では、課題の設定と解決策の提言について、何度も何度も、徹底的に議論を行いました。一年以上前の研究計画書にはじまり、自らが一つの課題を設定し、事例を考察し、証拠を集め、思考実験を重ね、その解決策を論理的に訴求するプロセス、経営学者との議論によりさらに検証をしていくプロセスは、複数の事象から真の課題を見出す能力、社会的意義のある課題を訴求する能力、論拠・証拠を踏まえて解決策の提言を導出する能力を鍛錬する、この上ない機会となりました。ゼミのスタイルにもよると思いますが、髙嶋研究室では、先生と発表者との議論だけではなく、他のゼミ生と先生との議論に参加したり、他のゼミ生からの忌憚のない意見を頂戴する機会も多かったです。同じ研究室のゼミ生が抱える深刻な問題意識や研究過程を共有できたことは、数か月間という限られた期間での学びを最大化し、自身の研究や論文執筆にも反映することができました。

また、何度もご指導を頂きましたが、あくまでも経営学としての“論文”を執筆するのであって、一分野における課題と解決策を網羅した“教科書”を目指す必要はありません。コア科目等では課題図書に目を通すことも多いですが、これらは或る意味、“教科書”や“ケース”であって、論文とは相違します。この違いは、実際に執筆してご指摘頂いたり、普段から経営学分野における論文を意識して読んだり、社会科学分野の研究の方法論を学んだりすることによって、はじめて分かってくるのではないかと思います。

振り返れば、狭くも深い、そして一般化できる意義の大きな研究成果を当初から目指してはいたものの、結果的には教科書的、全球的な論文を執筆する傾向にありました。研究と並行して、社会科学の研究の方法論や論文等を読み漁っては、社会科学、経営学の“論文の型”を何とか掴み取ろうと躍起になっていましたが、課題や資料、研究対象や課題の解決策が広範になり、時間があっても足りない、一点に絞って掘り下げたつもりでも、研究対象が膨張しては振り出しに戻っていた時期は精神的にも体力的にも辛かったです。課題を全て網羅するのではなく、「自身が抱える“エッジ”の利いた課題を掘り下げ、自明な解が存在しない本質的な課題を見極めてさらに掘り下げる」、一文で表現するのは楽でも、体現するのは困難を極める作業でした。逆に、この期間に膨大な量の素材、論拠は収集できていたことから、切り替えができてからは調理次第ということで、ある程度スムーズに論文を仕上げられるようになりました。

第二の「事実と意見・考察とを分け、事実については必ず論拠を示す」点についてですが、例えば、記事やヒアリングで見聞きする経営者のコメントは、実際には本人の“意見”、“回想”であったり、思い込みという場合もあり得ます。一見当たり前のように聞こえるかもしれませんが、普段目に触れる情報のうち、どれが事実で、どれが意見・考察なのかが分離されているものも少なく、一見、事実として記載されていても、実は、執筆者やヒアリング相手の“意見”であることが多いのではないでしょうか。

ヒアリングや調査で得られた内容を“事実”(研究対象の事例説明等)として論文に記載するためには、一つ一つ、論拠となる証拠を調査し、論文の中でも論拠を示していく作業が欠かせません。このためには、研究の調査過程で飽和していく事実と意見等とが混在した情報やデータの中から、事実とそうでないものとを選別し、論拠となる証拠をしっかり集められるか否かが重要となります。そして、事実は“事実”として、事実に対する自身の考察は“考察”として、論文の中で、明確に分けることで、課題の設定、先行研究、事例研究、事例に対する考察、解決策の提言といった論文の構成が成り立つのではと考えます。このご指導を何度も受けていくなかで、論文として体をなしていなかった“レジュメ”が、多少なりとも論理構成の理路整然とした“論文”として、変化するきっかけとなりました。

また、事例の事実説明では、5W1Hで記述することが極めて重要となります。一見簡単なようですが、5W1Hという枠組みで、ヒアリングや調査を行うことで、事例の中で現在起きていた現象が、何が、いつ、どこで、だれによって、どのように起こっていたのか、どのような物語があったのかを、客観的に論述することができるようになります。

私は当初、経営者に対するヒアリングベースで研究を進めていましたが、ヒアリングの内容をそのまま纏めただけでは、製品単位や話題毎に話が分散し、単なる議事録となってしまっていました。論文の事例説明等では、“時系列”に、5W1Hの要素を交えて事例説明等を論述しなければ、説得力を持たせることも難しく、読み手に事実を正確に伝えることも困難となります。この5W1Hのアプローチが出来ていない場合には、論文執筆に当たってヒアリングや調査が再度必要になってしまいますので、ヒアリング、調査、論文執筆の各段階ではじめから念頭に置いておければ良かったと振り返っています。

副査をご担当頂いた善如先生からは、自分が当たり前と思っていた調査結果が、先行研究の存在しない新規の事柄であることや、その分野における先行研究を踏まえてご教示いただきました。先の通り、教科書的に課題を発散させないためには、論文の主題をどこに置くか、という絞りが大事になりますが、当該分野で最先端のご研究をされている善如先生にもアドバイス頂いたおかげで、関連する先行研究も踏まえて、研究のどこに訴求すべき新規性が或るのかを念頭におきながらさらに研究課題を掘り下げることができました。

長くなってしまいましたが、以上の二点、「自分なりの課題と提言を行うこと」、そして、「事実と意見・考察とを分別し、事実を裏付ける論拠を示す」点が論文執筆に当たって得られた教訓、苦労した点となります。これからMBAの検討や研究を行う方にとって何かしら参考になるものがあれば幸いです。

最後に、MBAスクールとして論文を課しているのは神戸大学MBAの一つの特色です。論文執筆の機会も、ポスターセッションも、神戸大学MBAならではと言えます。MBAならではのケーススタディ、フレームワーク、ディスカッションでは得られないものがあります。一週間といった短周期ではなく、長期的に、自身の課題を立てて徹底的に訴求し、証拠を集め、事例を考察し、解決策を提言する、経営学的観点からの論文を仕上げる、という思考の鍛錬は、論文を執筆することによってこそ得られるものです。「研究」とは、研ぎ澄ます、究める、と書きますが、文字通り、思考を研ぎ澄まし、究める鍛錬、となります。

研究や論文の執筆は確かに大変で、要求される能力・思考プロセスも、他のカリキュラム上のコア科目や専門科目とは相違します。しかしながら、研究を行っていた時期、論文を執筆している過程でも、約140頁の論文を無事に書き上げ、ポスターセッションを無事に終えた今に至るまで、常々、学位論文が課されていることの意義を実感していました。ヒト・モノ・カネに関するMBAの体系的な講義と、実践的かつアカデミックな経営学における研究との文武両道を実践できる醍醐味は神戸大学MBAならではだと実感しています。

学位論文の執筆にあたっては、研究課題について主体的に進めながら、指導教官のもとでご指導を仰ぐ、“一子相伝”のプロセスが不可欠と考えます。ご指導頂いた指導教官の髙嶋先生、副査の善如先生、TAの皆様、一期先輩の野口様、そして研鑽し合った同期生の皆様には、感謝の気持ちで一杯です。ポスターセッションから一週間後の修了式の総代挨拶の場でも強調させて頂きましたが、単に論文を提出して、卒業して終わりではなく、ここからが始まりと考えます。 “一子相伝”のご指導を受けた一人として、自身の課題の深掘と解決策の提言を実行し続けるとともに、思考の鍛錬の成果を日々の業務で生かし、社会に還元することによって、この度の学びを活かしていく所存です。