日本精神の源流

原田勉

昨今、経営学教育が盛んになり、MBAを創設する大学が増えている現状は大変喜ばしいことであるものの、一抹の不安を禁じ得ない今日この頃である。それは、功利主義・実利主義的な傾向が強くなり、実学、実践知の教育・習得のみが重視されるようになりつつあるのではないかという懸念である。その結果、MBAとは専門学校と何ら変わらない教育内容に成り下がってしまい、大學教育とは決していえないものになってしまう。そもそも「大學」とは、「大いなるもの」を「覺(さと)る」という意味である。そこで求められるのは、「大いなるもの」であり、それを自得・自証するということである。つまり、大學とは、細々としたノウハウを教わる場ではなく、何らかの本質を自らが覺る機会であるいうことである。しかし、その機会こそが、他の専門学校や民間の教育機関では決して得ることができないものなのである。

以上の憂慮をもつ者として、MBAの皆さんに是非ともお読みいただきたいと思い推薦させていただくのは、日本精神に関する著作物である。日本精神といえば戦後教育の悪弊から、すぐに右翼思想と誤解されやすい。しかし、ここでいう日本精神とは、特定の宗教や皇室を崇拝することを指すのではなく、むしろ多様な思想、信条を包括的に受け入れる柔軟性を意味する。それが古神道でいう「産霊(むすび)」であり、シュンペーターの言葉を使えば、新結合ということになる。

日本精神の特徴は、異質なものを組み合わせる産霊という働きにある。意外と思われるかもしれないが、いわばイノベーションこそが過去から現代に至るまでの日本社会の特徴なのである。しかし、この働きそのものは、過去、日本に導入されてきた仏教、朱子学、陽明学、易経、マルクス主義、西洋哲学などの影に隠れ、明確に認識されることはなかった。いわば産霊とは土壌であり、これらの海外思想はその土壌の上に実る作物といえる。日本精神を理解するうえでは、作物ではなく、この土壌部分にこそ注目しなければならない。そして、この土壌こそが、今後の日本経済、日本企業のイノベーションを牽引していく原動力となるのである。

さて、このような日本精神を理解するうえで重要な著作物を以下に紹介することにしたい。これらを読むことで日本精神の本質を洞察され、日常業務や人生の指針としていただければ幸いである。

  1. 安岡正篤『日本精神通義』関西師友協会刊
    (安岡正篤『人生、道を求め徳を愛する生き方』致知出版社)
    著者は著名な東洋思想家であり、かれの数ある著書のなかでも三部作と言われる代表作のなかの1つである。これは戦前に書かれたものであり、文字の表記や言葉遣いが旧字体であり、それに慣れていない人には読みにくいものである。カッコ内に表記した著書は、この現代語訳であり、旧字体にあまり煩わされたくない方は、こちらがお勧めである。この著書は、古代に遡り、戦前に至るまでのなかで日本思想に影響を与えてきた思潮をレビューし、そのなかで日本精神とは何かを分析している。ここで産霊の重要性が指摘されるとともに、当時の時局(日中戦争に突入する時代)を憂え、いま何が必要なのかを警告した書である。この警告は、現代社会にも適用されるように思われる。
  2. 山本七平『空気の研究』文春文庫
    この日本社会における産霊の重視は、一方で、いかなる論理的な説得をも受け付けない「空気」をつくり出す悪弊をもつ。本書は、その実例として、戦艦大和の沖縄戦への出撃の例が記述されている。サイパン陥落時に大和の出撃案が出されたときには、海軍軍令部では無謀として退けられた。しかし、沖縄戦の場合は、大和は無傷で沖縄まで到着できると判断され、出撃が許可されたのである。けれども、サイパンの場合と違って「無傷で到達できる」という判断の根拠となる客観情勢の変化、それを裏づけるデータは何もない状況であった。それにもかかわらず、海も船も空も知り尽くしたエリート専門家集団である軍令部において、大和出撃が決断されたのである。後に、この意思決定に対する最高責任者であった当時の連合艦隊司令長官、豊田副武は、「戦後、本作戦の無謀を難詰する世論や史家の論評に対しては、私は当時ああせざるをえなかったと答うる以上に弁疏しようと思わない」と振り返っている。つまり、「一億玉砕に先駆けて」という「空体語」が絶対化され、それが「空気」となり、大和出撃がいかに無謀であるかということを示すデータや論理的説得という「実体語」は、当事者全員が知っていたにもかかわらず、無力化された。それゆえ、「ああせざるをえなかった」としか弁明しようがないのである。このような空気の支配は、日本企業でもバブル期に典型的にみられたのではないだろうか。このような空気をどのようにマネジメントしていくかについて示唆に富む議論が繰り広げられている。

Copyright © 2015, 原田勉

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