大学教員はなぜ中間レポートを課すのか?

 早木 祥夏

大学やMBAの授業では、中間レポートやグループ課題が課されることがよくあります。
「面倒だな」「期末試験だけでいいのに」と思ったことはありませんか? 正直に言うと、私自身も学生(学部生)の頃はそう思っていました。

しかし、そこには行動経済学で説明できる深い理由があります。本稿では『行動経済学入門』(東洋経済新報社)を参考に、その仕組みを解説したいと思います。ちなみに私はファイナンス、特に証券市場の価格形成を研究しているのですが、株価の複雑な動きを理解する上でも、人間の心理や行動特性を扱う行動経済学の視点が役立つことがあります。

双曲割引と先延ばしの心理

行動経済学の代表的な概念に「双曲割引」があります。人は目先の快楽を優先し、将来の利益やコストを過小評価してしまう、という性質です。

課題を「週末にまとめてやろう」と思いながら、つい先送りする。仕事のプロジェクト資料を、気づけば提出直前に徹夜で仕上げている。これらはすべて双曲割引の典型例で、決して「自分の怠慢」だけのせいではありません。ですから、私がこの原稿を締切直前に冷や汗をかきながら書いているのも双曲割引のせいなのです。

人はこの性質を意識していない場合(ナイーフ)と、自覚して対策をとろうとする場合(ソフィスティケイテッド)に分かれます。後者は「先に宣言して自分を縛る」ことで行動を変えようとします。たとえば「毎週土曜にケースを読み切らなければNetflix禁止」とルールを課せば、本気で取り組まざるを得ません。これをコミットメントと呼びます。

締切を分散させたほうが成績は上がる?

この考え方を実際に検証したのが Ariely and Wertenbroch (2002) の有名な研究です。大学生を対象に、12週間の授業で3本のレポートを課す実験を行いました。学生は以下の三つのクラスに分けられます。

クラス1:3本のレポートを最終週までに提出すればよい。
クラス2:第4週・第8週・第12週に提出を強制される。
クラス3:自分で提出期限を決めて紙に書いて提出する(守れなければ減点)。

合理的に考えるなら、クラス3の学生はすべての期限を最終週に設定し、ペナルティのリスクを避けるはずです。ですが実際には、彼らの多くが締切を分散させました。つまり、自分が双曲割引を持つと理解していたのです。

そして成績の結果はこうなりました。

クラス2 > クラス3 > クラス1

つまり、
・強制的に分散された締切(クラス2)が最も成績が良い。
・自分で締切を設定しても(クラス3)、ある程度効果はあるが完全には及ばない。
・締切が最終週だけだと(クラス1)、パフォーマンスは下がる。

この結果からわかるのは、人は締切をうまく活用すれば力を発揮できるが、強制力がある方が平均的には効果的だということです。

中間レポートは「サービス」?

以上を踏まえると、中間レポートやグループ課題は、学生を苦しめるためではなく、学習効果を最大化する仕掛けだと理解できます。

忙しい社会人MBA生にとっては、学習を仕事や生活と並行して進めるのは容易ではありません。だからこそ「途中の節目」を設けることが、知識を定着させ、成果を引き出す助けになります。

ですから、シラバスに「中間レポートあり」と書かれていたら、それは単なる負担ではなく「先生からのサービス」だと前向きに受け止めてもらえると嬉しいです。

行動経済学の世界へ

今回ご紹介したのは、行動経済学のトピックのひとつにすぎません。学習・キャリア形成・ビジネス実務に至るまで、行動経済学の知見は驚くほど幅広く応用できます。『行動経済学入門』(東洋経済新報社)では、双曲割引のような「人間がつい陥ってしまう行動のクセ」がわかりやすい事例とともに紹介されています。中間レポートの話に共感した方なら、ほかの章もきっと面白く感じられるはずです。

さらに学びを深めたい方には、ノーベル経済学賞を受賞した研究者による『ファスト&スロー』や『NUDGE 実践 行動経済学 完全版』もおすすめです。

推薦図書・参考文献

筒井 義郎 (著), 佐々木 俊一郎 (著), 山根 承子 (著), グレッグ マルデワ (著)『行動経済学入門』(東洋経済新報社)、2017年
ダニエル・カーネマン (著), 村井 章子 (著, 翻訳)『ファスト&スロー』(上・下)(早川書房)、2014年
リチャード・セイラー (著), キャス・サンスティーン (著), 遠藤 真美 (翻訳)『NUDGE 実践 行動経済学 完全版』(日経BP)、2022年
Ariely, D., & Wertenbroch, K. (2002). Procrastination, deadlines, and performance: Self-control by precommitment. Psychological Science, 13(3), 219-224.

Copyright © 2025, 早木 祥夏

前の記事

苦しく、楽しく研究する

次の記事

経営学の危機New!!