歴史観を得るために
このコラムを読まれている皆さんは、経営の現場で日々発生する問題や課題に取り組まれており、よりよく事業をマネジメントしていくテクニックや思考法を身につけようとされている方々であろうと思います。そして最先端の経営にかんする理論を学び、それを実践に活かしていく能力を身につけようとされていると思います。
そのような人々が集う神戸大学MBAにおいて、私は経営史という「最先端の経営」とは程遠い科目を担当しています。なぜ、MBAに経営史は必要なのか。それは、リーダー(ビジネスリーダーはもとより、幅広く社会のリーダー)にはしっかりした歴史観が必要だからです。リーダーは歴史の流れを見極め、右に進むのか左に進むのかを決断をしなくてはなりません。トップになればその決断は重大なものとなるでしょう。意思決定を助けるもの、それが歴史観なのです。MBAでは、経営史の授業などをきっかけに歴史観を培ってほしいと考えています。しかし授業のなかだけでは十分ではありませんから、空いている時間などを利用して(あるいは主体的に時間を作って)歴史観を得る読書をしてほしいと思います。
では、どのような本を読んだらよいか。歴史観がイッパツで身につく本は、残念ながらありません。むしろ、歴史観は日々の読書などを通してブラッシュアップされていくものです。経営史を担当する私も、いろいろな本を読み、経営史のみならず企業経営を取り巻く幅広い歴史にかんする知見を学んでいます。今回は、最近読んだ本のうち、面白かったものを紹介します。
まずはひろく世界史(グローバルな世界の形成史)に関する本から。ここ何年かで最も衝撃だったのは、ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』です。世の中がグローバル化し、日本企業も多国籍企業化して世界中でビジネスを行っています。多国籍企業をめぐる議論の一つに、多国籍企業は国境を越えて資源パッケージを移転し、その結果途上国の貧困も解決されて人類がより繫栄する、というものがあります。しかし現実はどうでしょう。グローバル化はこの100年間進んできましたが(そして1980年以降はグローバル化の進行がより速くなりましたが)、国家間の格差は解消していません。この本は、多国籍企業が展開する世界の土台にあるものを抉り出しています。なぜ格差が生まれるのか。個人的に衝撃だったのは「トウモロコシは人類にとって意味ない」という指摘です!
もう一つ世界史に関する本で面白かったのは、北村厚『教養のグローバル・ヒストリー』です。高校世界史の内容なのでそれほど専門的ではないですが、面白いのは「グローバル・ヒストリー」という新しい見方で書かれていることです。私が高校生の頃(1980年代後半)は世界史と言ったら各国史をアグリゲーションしたものだったのですが、グローバル化が進む今日、世界史の教科書は各国のヨコのつながりを強調したものになっています。本書はそのようなヨコのつながりを現在の高校の教科書よりも内容豊かに通史的に書いてあります。高校で世界史を勉強した人にとっては歴史観のブラッシュアップになりますし、あまり学んでなかったという人にとっても、面白い読書体験になると思います。
世界史の勉強も面白いですが、私の専門は経営史です。したがって、企業経営やその歴史に関する本も多く読みます。阪急六甲のブックファーストを覗くとキーエンスやサイゼリアに関する本が並んでいて、ときどき買って電車で読んでいます。どれもためになります。面白いですね。
なかでも、最近の経営史にかんする本で衝撃的だったのは、グリタ&マン『GE帝国盛衰史』です。20世紀を代表するアメリカ企業であったGEは総合電機企業として世界をリードし、ジャック・ウェルチは経営の神様として崇め奉られていました。それなのにその後20年で主要な事業を売却し、ついには会社を3分割する「解体」に至りました。この「事件」をどのように説明するかはとてもチャレンジングな課題ですが、この本を読むと、リーダーであるCEOジェフ・イメルトがいかに株価の日々の上げ下げに一喜一憂していたのかがよくわかります。日本でも株主資本主義化により株価が重要視されるようになっていますが、あまりにも株価だけに意識を集中しているとまずい、という事例ではないかと私はみています。
さいごにもう1冊。私はさいきん経営史の教科書(文末参照)を上梓してこの秋から主に学部の授業で使っています。日本とアメリカの100年間の経営史を通史として描いているのですが、拙著を書くにあたっての問題意識はなぜ日本の企業はここ30年元気がないのか、なぜアメリカはうまくいっているのかという点にありました。拙著を脱稿してから新聞広告を見て買って読んだのが、伊丹敬之『漂流する日本企業』です。この本は現代経営学の大家が記された本なのですが、私が100年の歴史を通して得た今日の日本企業の課題と、同書が指摘している課題がほとんど同じで驚きました(むしろ、私が本で述べたことが間違っていなかったんだと安心しました)。苦悩の原因は、日本企業の経営者がバブル崩壊以降、経営資源を設備投資や研究開発投資に積極的に使ってこなかったことなのです。そこでさらに興味関心がわいてきます。なぜ日本企業は戦後復興期から1980年代までドシドシ投資できたのか、なぜアメリカは今でもドシドシ投資できているのか。歴史の流れという視点から、このような問題を考えてみたいです。
(文中で言及した本の一覧)
ジャレド・ダイアモンド(倉骨彰訳)『銃・病原菌・鉄――1万3000年にわたる人類史の謎』(上・下)草思社文庫、2012年
北村厚『教養のグローバル・ヒストリー――大人のための世界史入門』ミネルヴァ書房、2018年
トーマス・グリタ&テッド・マン(御立英史訳)『GE帝国盛衰史――「最強企業」だった組織はどこで間違えたのか』ダイヤモンド社、2022年
伊丹敬之『漂流する日本企業――どこで、なにを、間違え、迷走したのか?』東洋経済新報社、2023年
西村成弘『日米グローバル経営史――企業経営と国際関係のダイナミズム』法律文化社、2024年
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