eureka EXPRESS【2025年度08月01日号】
MBA教育の実際
◇2026年度専門職大学院現代経営学演習担当者のご紹介
2026年度専門職大学院現代経営学演習担当者が決定しました。各担当教員より、現在関心のある研究、MBA生に期待すること、現代経営学演習の進め方について紹介いたします。
上林憲雄 教授
(1) 現在関心のある研究
組織と人間の関わり合いについて研究しています。領域的には、人的資本経営論、人的資源管理論、組織論などの領域です。人間、組織、社会に関してのさまざまな現象に関心を有しています。
いま最も関心を持っている事象は、「短期的な(数値)目標を達成しようとすればするほど、本質を忘れた数字合わせになってしまう本末転倒の現象」についてです。組織や社会のさまざまな局面でこうした現象は観察できます。これを回避し、短期の利益視点と長期の社会的視点をうまくバランスさせるために何をなすべきかを考え、発信しています。
2023年度からは経営学研究科内に「人的資本経営研究教育センター」を起ち上げて活動していますので、具体的な研究テーマについてはそちらをご参照ください( https://b.kobe-u.ac.jp/hcmrec/about.html )。
(2) MBA生に期待すること
1年半のMBA課程を通じ、会社とは違う発想法や視点を身につけられるようになっていただければと思っています。
(3) 現代経営学演習の進め方
まずは各自が関心を持っているテーマや問題意識を皆で共有し、議論をしながら「徐々に深めていく」ことから始めます。なぜそれが問題なのか、本当に重要な問題なのか、通常ならその問題へはどのようにアプローチされるのか、学術的にはどう捉えられてきたのか、通常とは違った視点に立つとそれはどのように捉えられるのか、等々の思考訓練で深めていきます。
なお、この演習では、一般大学院の上林ゼミ(大学院博士課程)現役生のほか、ゼミを修了して大学教員を務めている先生方にも、機会がある限り参加してもらい、皆さんの発表に対し、さまざまな角度からコメントしてもらう予定です。
栗木契 教授
(1) 現在関心のある研究
幅広くマーケティングの問題に関心をもっています。マーケティングとは市場の創造と維持にかかわる企業活動です。もしあなたが個人起業家、あるいは企業の新規事業の担当者であれば、顧客、取引先、競争企業といった多岐にわたるプレイヤーとの相互作用のなかで、いかに新しい市場を切り開き、顧客との関係を維持していくか、という問題に、頭を悩ませ続けているはずです。マーケティングの課題は、新製品・サービス開発、ブランド構築、価格政策、収益モデル、販売網構築、営業プロセス管理、プロモーション戦略、顧客関係管理と多岐にわたります。近年では、市場の成熟化、競争圧力の増大、ITの発展、グローバル化の進行、情報の氾濫、経済活動のサービス化とデジタル化などによって、一段と複雑かつ高度な判断が求められるようになっています。私自身は現在は、これらの新しい潮流に注目しながら、アントレプレナー・マーケティングの領域を中心に研究を進めています。
(2) MBA生に期待すること
大学というのは、自由で主体的な学びの場所です。神戸大学MBAへの入学後は、優れた同級生、そして教員との出会いと交流の機会が広がり、多様性に富み、かつ充実した学びを得ることができると思います。そして、自らが主体的に動くことで、そこから得られる情報や体験は、さらに何倍にも膨らみます。皆さんの積極的な学びへの参加を期待します。
(3) 現代経営学演習の進め方
私の現代経営学演習では、学生個々人が、自身の所属企業のさらなる成長や収益性向上のために、マーケティングに何ができるかを研究し、提言することに取り組みます。この提言に向けた調査と分析を、ライブラリ・リサーチとフィールド・リサーチを重ねながら進めます。あわせて論文や資料などのデータ収集や、分析結果の解釈を行うための方法についても学びます。
西村成弘 教授
(1) 現在関心のある研究
専門分野は経営史です。なかでも、特許管理(知的財産管理)がどのように企業経営の発展を促してきたのか、反対に企業経営がどのように知的財産管理を発展させたのかという点から歴史を描くことに関心があります。ビジネスの世界では、特許を取得してどのように使うのかという問題は、コストをかけてそれを取得した以上、当然に取り組むべき課題でしょう。しかし、アカデミックの世界を見渡してみると、特許データを取り扱う研究はあまたあるのですが、そのほとんどは発明・出願・取得という権利の「入口」を対象とした研究で、コストをかけて権利を取得した後どのように使って利益を得るかという「出口」の研究は、ほとんどありません。私は特許の出願・取得から利益獲得までの一貫したマネジメントを特許管理と呼んでいますが、とても面白い研究課題だと思っています。現在は、歴史的視点から特許管理の研究を進めるとともに、オープンイノベーションや技術経営など現代経営学分野とのコラボをしたいと考えています。
(2) MBA生に期待すること
大学は知の共同体です。そこは知識を持っている人が学びたい人に向かって一方的に知識を伝達する場所ではなく、お互いに知識を持ち寄り、議論をたたかわせ、新たな知を生み出し、互いに学ぶところです。MBA生の皆さんは日頃ビジネスや社会の最前線で具体的な経営課題に向き合い、多様な現場の知識を持っています。六甲台のキャンパスには、現場での経験や知識を持ち寄り、議論をたたかわせてもらいたいと思います。また、知の共同体における水平的な関係は、学生と学生との間だけではなく、教員と学生との関係にも当てはまります。教員は日頃アカデミックな世界で暮らしており、研究の蓄積や経営理論については皆さん以上に知識を持っています。他方、皆さんほど現場の知識は持っていません。ここに神戸大学MBAの最も生産的な関係を見出すことができるのではないかと思っています。現場の知識をもつ皆さんと議論をたたかわせることで、教員である私も学びを得たいと思っています。
(3) 現代経営学演習の進め方
論文を書くことは孤独な作業で、最後は自分との闘いになるでしょう。よい論文を書くには、問題を発見すること、これが何よりも大事です。次に関連する先行研究や資料の批判的検討を通して、それを研究すべき「問い」へと昇華させていきます。次いで、「問い」から論点を設定し、研究計画を作って調査・分析し、論文へとまとめていきます。毎回のゼミでは、1人ずつ研究発表(進捗報告)をしてもらい(1コマ1人)、全員参加の討論を通して、問題の発見から論文の完成まで、MBA生の「闘い」をゼミ全体で支援します。
- 1年次では、論文の書き方や研究の仕方などについて学んだのち、ゼミ生には問題意識について発表してもらいます。同時に、関連する研究についても報告してもらい、「問い」を研ぎ澄ませてゆきます。その後、研究計画を作ってもらいます。
- 2年次の後半から、各自の計画に従って行う研究の進捗を報告し、ゼミ生全員で検討してゆきます。論文執筆を通して、ゼミ生のコネクションが育まれることを期待しています。
畠田敬 准教授
(1) 現在関心のある研究
私の専門はファイナンス全般であり、特に投資政策、財務政策、ペイアウト政策といったコーポレートファイナンスを中心に、企業行動が資産価格(アセットプライシング)やマクロ経済に与える影響について、実証データを用いた分析を行っています。
近年は、CAPMやアービトラージ価格理論、オプション理論などのファイナンス理論と、実務で用いられる財務分析ツールとのギャップに強い関心を持っています。現場では各種の財務指標が活用されていますが、その多くは理論的な裏付けが不十分なまま使われており、分析の精度や説得力に課題があると感じています。
こうした問題意識のもと、ファイナンス理論と経営学的視点を融合させた、より実践的で精緻な財務分析の設計・応用を通じて、企業分析や投資判断の質を高める実証研究を進めています。
(2) MBA生に期待すること
- MBA生には、自ら問いを立て、深く考える力を期待します。単に理論や手法を学ぶだけでなく、「なぜこの指標を使うのか」「どの理論に基づいて評価するのか」といった問題意識を持ち、分析を進めてほしいと考えています。
- また、ファイナンス理論を実務の企業分析や投資判断に応用する姿勢も重要です。統計・計量ツールをただ使うのではなく、自分の研究テーマや仮説に合わせて最適な分析手法を選び、主体的に活用する力が求められます。
- 加えて、従来の財務分析の限界を批判的に見つめ、新たな視点や改善案を提案する創造性も重視します。
演習では、他者との議論を通じて自らの考えを磨き、協働的に学ぶ姿勢も大切です。こうした力を総合的に高めながら、「データとファイナンス」の両輪で企業価値の評価と意思決定の質を向上させる人材に成長してくれることを期待しています。
(3) 現代経営学演習の進め方
本演習では、コーポレートファイナンスやアセットプライシングの理論と実際の企業データを用いた実証的な財務分析、さらに経営学的な視点を組み合わせて、説得力のある研究を目指します。
- まず、実務上や社会的に意義のある問題意識を整理し、そのテーマを選んだ理由や検証すべき仮説を明確にします。テーマはファイナンスに限らず経営学全般にわたり幅広く設定可能です。
- 次に、検証のためにどのようなデータや指標、理論を用いるかを設計し、必要に応じて関係者へのインタビューや公開財務情報の収集も行います。
- 仮説検証には、財務諸表分析や回帰分析、相関分析、テキスト分析などの統計・計量手法を活用し、分析結果の理論的妥当性を検討します。
- 進捗や成果はゼミ内で発表し、教員や他のMBA生からの多角的なフィードバックを受けて研究を深化させます。
最終的に、論文形式で研究成果をまとめ、学術的な意義に無理に固執しなくても、実務における意思決定への具体的な示唆を明確に表現することを重視しています。
松嶋登 教授
(1) 現在関心のある研究
経営組織とイノベーションの最新理論に関心を持って研究しております。具体的には,アクターネットワーク理論、制度派組織論、最近では物質性概念や価値評価研究に関心を持っています。これらは、日本のビジネス書としてはあまり紹介されてこなかった、聞きなれない理論や研究かもしれません。しかし、じつはどれも海外のMBAでは教えられている最新理論でもあり、こうした理論に触れることも経営学のトップスクールで学ぶ醍醐味のひとつだと思います。また、最新理論ばかりではなく、古典から綿々と連なる経営学の大きな流れをまとめ、後進に伝えていく教育活動にも力を入れております。まだ評価の定まらない最新理論ほど、こうした大きな流れのなかで方向性を見失わないことが大切になります。みなさんも、修士論文に取り組み始めたら実感するでしょう。M2になって、その必要性を感じてからで遅くありませんので、一般大学院の講義「経営管理特論」を受講してください。
ゼミ生が取り組むテーマは果てしなく広く、また挑戦的です。例えば、業務のデジタイゼーションや個別組織でのデジタライゼーションが、企業全体としてのデジタルトランスフォーメーションを阻害するパラドクスを指摘する研究。潜在的に多くの人々が抱える発達障害を企業の活力として活かすマネジメントを探求する研究。企業を超えて地域社会を担う子どもたちを御旗として、新自由主義的な経済社会に対抗する共同組織を構築しようとする研究。流行りのインクルージョン理念の押し付けが、時に人々のインクルージョン認識を損ねている現実に向き合いながら、多様な価値観や働き方を包摂したマネジメントの難しさに対峙しようとする研究。少子化に立ち向かう塾業界の生き残りを、単に企業の売上や子どもたちの進学・合格率などの既存の価値評価尺度で考えるのではなく、グローバル化が進む中での日本人教育としてどのような教育制度が求められているのかという壮大な問いと格闘する研究。テーマは様々ですが、共通して未来の日本を作り出そうとするパッションに溢れています。
(2) MBA生に期待すること
職業人として活躍し、グローバルな競争を生き抜くための知力を高めようとすることは、MBAを志す際の立派な動機だと思います。ですが、MBAがその実利に期する教育だけを提供するのでは十分ではないとも考えております。世界の経営学の動向を見渡してみれば、グローバリズムによる経済化とともに貧困化がもたらされ、経済活動の土台を破壊する自然環境問題が起き、こうした問題を引き起こした西欧中心的な社会制度を見直す新たな方法論の開拓が求められています。いずれもこれまで日本の経営学が、真剣に取り組んでこなかった論点です。現代社会において強力な力を持つ企業経営に携わることになる皆さんには、普段とは異なった広い視点から物事を考えていただければと思います。
(3) 現代経営学演習の進め方
皆さんが経営の現場で抱えている問題を研究テーマとして、普段の思考を超えた視点から分析していきます。そのためにまず必要となる手段が、先行研究にあたることです。つまり、自分の問題関心にぴったりあった先行研究を探すのではなく、様々な視点を提供してくれる先行研究を(ときに批判的に)探しながら自分の問いを深めていきます。MBAの皆さんには、一般の学術研究でなされるような包括的なレビューは求めませんが、普段の思考を超えた視点を提供してくれるコア論文を探し出してもらいたいと思います。経験的データの分析対象や方法も、何か決まったものがあるわけではありません。皆さんの研究テーマに沿って、それぞれが最もふさわしい分析手法を選択していきます。研究方法論に関心がある方は、一般大学院の講義「定性的方法論研究」を受講してください。