理想のMBAゼミナール

田村正紀先生(神戸大学名誉教授)

 

神戸大学MBAには、他大学のMBAとは異なる特色がある。それは各ゼミナールでのプロジェクト研究である。その狙いは産学での知識共創の場とすることである。「産」が現場の問題を提起し、「学」がその問題を処理する理論・方法論を提供する。ゼミでのディベートを通じてこの2つを融合して、現場で生起しつつある新生問題へのソリュージョンを社会に提案するというものである。

MBA開学後間もなく私が担当したゼミは、このような理想のMBAゼミナールとして、今でも鮮やかな思い出として残っている。最初のゼミから数日後に、ゼミ生有志の数名が突然に研究室にやってきた。現場では営業が従来とは大きく変わりつつあり、それをテーマにプロジェクトを組んで欲しいというのである。

営業という領域は大学がもっとも不得意にする領域である。理論もデータもほとんど蓄積がないから、大規模な開拓的実証研究しか方法がない。それには調査などに資金がかかるという話をしたところ、資金は自分たちが集めますから、先生には一筆書いてくださいと依頼された。そこで、営業問題の重要性、MBAゼミナールで大規模な実証プロジェクトを始めたいこと、そのために1社当たり50万円の研究費援助をお願いしたいといった趣旨の一文をしたためて彼らに手渡した。

さすがは営業プロジェクトを志すゼミ生であった。依頼状を郵送したり手渡ししたところ、数十社から協力の申し出があり2000万円近くの資金が集まった。これを大学への委任経理金にして研究をスタートさせた。各種のサーベイやフィールドワークなども行い、結果報告会を数回にわたり開催し、各チームが分担領域を報告した。毎回、各社から多くの参加者があり盛況であった。その中には人事部の人も多く見えていたので、報告者は後で聞くと、きわめて緊張したそうである。ゼミ生は各自の分担領域を修士論文に仕上げていった。私自身は彼らとの議論を進めながら、『機動営業力』(日本経済新聞社、1999年)の原稿を書いていた。営業についての実証研究が当時なかったせいであろうか、この本の初版5000部は1週間ほどで完売した。

最終報告書のめどがつき始めた頃になっても、潤沢な資金にはまだ余裕があった。彼らが集めた資金であるから1年で使い切らねばならない。そこで国際化時代に備えて、ゼミ生の国際感覚と、今後の事業構想力育成の一助になればと思い、ゼミ生全員での海外視察を企画した。全員で見聞を広めることにした。一つは中国の北京から上海にかけての視察であり、他の一つは米国のフロリダにまで及ぶ視察であった。万里の長城やディズニーワールドにまで足を踏み入れた。巨大事業の現場を実感し、ゼミ生各自は事業構想について、それぞれが種々な思いを馳せたように思われる。

あの時からすでに30年近く経った。ゼミ生はそれぞれに合った場を見つけ大活躍している。現在でも毎年集まり、当時の思い出や現在の情況などについて、楽しい歓談の時を過ごす。かれらの生き生きとした姿に出会えることは教師として喜悦の一時である。

 

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