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公平感

末廣英生

公平感は個人が抱く感情の1つに過ぎないが、感情が職場に与える影響が無視できないことは、働く人なら一度ならず実感することであろう。こうした、感情というとらえどころないものが及ぼす影響を、単なる1人1人の実感に終わらせずに、職場設計で考慮する試みも行われている。

例えば、「チーム主治医制:子育ての中の医師、負担軽減」と題する次の記事は、医療の職場での公平感の配慮事例を伝えている。(読売新聞(Yomiuri Online)、ヨミドクター、2015年5月7日、URL : http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=118099

「国立病院機構埼玉病院(埼玉県和光市)の小児科は、「チーム主治医制」を取り入れている。主治医がチームを組んで複数の患者を診る。子育て中の医師が安心して勤務し続けられるように採用した仕組みだ。小児科医の富田瑞枝さん(34)は、時短勤務で同僚医師より2時間遅い午前10時に病院に入る。(途中略)小児科の常勤医13人のうち3人が時短勤務。これを可能にしているのはチーム主治医制だ。三つのチームごとに医師たちは毎日集まり、受け持ち患者の容態や治療内容を伝え合う。ある医師が休む日は別の医師が「第二の主治医」として対応。(途中略)国内の若手医師の3割は女性。出産や子育てを機に、仕事をやめる女性医師は多い。医師確保策の一環で厚生労働省は昨年度、女性医師が働く環境を話し合う懇談会を開き、現場の声を報告書にまとめた。子育て中の医師が情報交換する場の設置や、院内保育所の柔軟な運営の他、勤務時間が短い医師に同僚が不満を抱く場合もあることから、勤務時間が短い医師の手当てを減らして公表するなど、職場が公平感を持てる工夫も紹介した。(以下略)」

公平感はきわめて人間的な感情である。さらに、自分と他人を較べることで初めて生じる、つまり人間が社会的存在であることから生じる、複雑な感情である。そのような、きわめて人間的で、しかも社会的な、とらえどころのない感情を、さらにはその感情が経営に及ぼす影響を、科学の方法で理解することはできないだろうか。

職場の公平感をそのまま研究することはとても難しい。公平感という感情が実在するかどうかという基本問題が単なる個人の実感の問題に矮小化され、公平感の影響が単なる偶然の職場経験の羅列に終わる危険性が大きい。

そのような複雑な問題に取り組もうとするとき、科学者が取る典型的なアプローチの1つは、極限世界を観察することである。例えば、上の記事では、医師の勤務時間と勤務手当のバランスがもたらす、医師という高度に専門的な職業の人々が相互に感じる公平感が問題になっているが、そのような複雑な環境の複雑な公平感ではなく、2人の見知らぬ人同士の間の、偶然手に入るお金の山分けの公平感のような、単純な状況での公平感なら、それが実在することを示すことは可能である。

オランダのティルブルグ大学は、大学が行う経済心理の研究に参加してくれるオンライン登録システムを持っている。Bellmare、Kröger、van Sonetの3人の研究者は、このシステムに登録している人の中から732人を抽出して、次のようなオンライン・ゲームをしてもらった。参加者はランダムにペアになり、一方が提案者役、他方が了承者役になる。2人には10ユーロが示される。次に、提案者が、8通りの山分け方法から1つを選んで提案する。自分対相手が(1) 10対0、(2) 8.5対1.5、(3) 7対3、(4) 5.5対4.5、(5) 4.5対5.5、(6) 3対7、(7) 1.5対8、(8) 0対10、の8通りである。それに対して、了承役はYes、Noで答える。Yesなら提案通りに山分けされる。Noなら10ユーロはなかったものとされ、2人とも何ももらえない。

このような単純なお金の山分けで人が公平感に左右されないなら、このオンライン・ゲームで起こることは明らかである。提案者役は自分に最も有利な(1)の10対0を提案し、了承役はどうしようもないから、Yesと言う。あるいは、「相手に0」だと、了承役が「どっちみち0なら提案者を道ずれにしてやろう」とNoと言う恐れがあるなら、提案者は(2)の8.5対1.5を提案するかも知れない。しかし、実際に起こったことは全く違う。提案者の約50%が(4)の5.5対4.5を提案し、約40%が(5)4.5対5.5を提案した。つまり、公平な山分けに近い案を提案した。これは、1度限りのオンライン・ゲームである。参加者は、自分の相手がどこの誰かは全く分からない。このオンライン・ゲームの他の参加者と顔を合わせる可能性は、一生限りなくゼロである。しかし、それでも、人は、公平に分けることを、その実際の行動で示したのである。

もちろん公平な提案をしなかった人もいる。また、了承者の行動はかなり複雑である。そこで、この研究では、3人の研究者は、同時に参加者の個人属性を調べて、それがその人の行動に与える影響を詳しく分析している。分析結果は、公平な提案をするかどうか、不公平な提案を了承するかどうかには多様性があることを示している。多様性を引き起こす属性は、その人の年齢と教育水準である。高齢者ほど、教育水準が低い人ほど、公平な提案に向かう傾向が強い(提案者としては公平な提案をし、了承者としては公平な提案だけにYesと言い、そうでない提案にはNoと言う)。しかし、測定可能な個人属性の影響を全部差し引いても、なお、個人1人1人の個性に帰着されるべき多様性が残ることが分かった。

この研究は、職場の公平感がきわめて難しい、微妙な問題だということを示している。先のチーム主治医制の記事に紹介されているような、そこで働く人々の個人属性がある程度客観的に分かる(非常な高学歴で、年齢構成も分かる)場合であっても、1人1人が何を公平と思うかはなおその人の問題であるということが、お金の山分けという単純な問題についてさえ残るのである。したがって、複雑な要素から成り立つ実際の職場環境に関する公平感は、さらに予測しがたい。公平感を職場設計に取り入れることは、一筋縄ではいかない難しい問題だということかもしれない。

注:文中で紹介した研究は、次の論文によるものです。Charles Bellemare, Sabine Kröger, and Arthur van Sonet (2008), “Measuring Inequity Aversion in a Heterogeneous Population Using Experimental Decisions and Subjective Probabilities,” Econometrica, Vol.76, No.4, 815-839

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